マジェスティック・ガール.#1(9~14節まで)
いや、ミミリはそんな疑い深い性分ではない。
無垢で純真な子のはずだ。世俗に塗れた大人の汚さなど知るわけがない。
しかし、私もビジネス会の雄と呼ばれた男。
交渉と繰り言に関してはスペシャリスト。
レトリックの扱いようで、なんとかごまかしきれるとは思うが…。
万が一ということもある。
まずは、ぼろが出ないよう先んじて外堀を埋めておかなければッ…!)
ユリウスはアイコンタクトで、ヒューケイン達に訴えかけた。
チラッ、チラチラ。
(君たち…、余計なことは言うんじゃないぞ?)
それを見て、一同は了解したようだった――
「え?だって、学園長。前々から、
『プールサイドに(以下略)ヒャ☆ホーイ』って熱く語ってたじゃないスカ」
「学園長。私は遊んでいるほどヒマじゃありません。
金持ちの酔狂に付きあわせないで下さい」
「あのぅ…私はー、別に全然、構わないんで…。むしろ、光栄というか…」
「うふふふ」
(うぉNOおおおおおぅぅぅぅッ!)
――ただし、全くの逆方向に(一部の人間が)。
早くも外堀が決壊した。
「あれ?…叔父様?」
訝しげな眼差しをユリウスに向けるミミリ。
「あ…アハハハ。いや…その…だね」
(じーー)
(ううう…)
暫し、沈黙する二人。
先に切り出したのは、ミミリのほうだった。
その顔に能面のような笑顔を浮かべて。
「すいません。つまらない野暮なことを聞いてしまいました。
お戯れが過ぎました、どうかお赦しください」
「い…いや、そんなことはないよ。あ…アハハ。
ミミリはいい弁士になれるね」
ユリウスは、どっと疲れて小さくため息をついた。
「あともう一つ、聞いても宜しいでしょうか?」
ミミリには、まだ聞いていおきたいことがあった。
ユリウスは不意の質問にビクリと肩を震わせ、
作り笑顔で口端を引きつらせた。
「な…なにかな?」
「気を失っていた私を水着に着せ替えたのはどなたなのでしょうか?」
ピシリ。
何かが、ひび割れる音が聞こえた。
「それがとても不思議で気になっていまして」
ユリウスの顔がだんだんと青ざめていった。
「へ、へぇー。…それはまた、なんでかな?」
「だって不気味ではありませんか?
寝ている間にいつの間にか水着になっていただなんて」
「うん…。そうだね、実に不思議で不気味だねぇ」
そう答えるユリウスの額に、大量の脂汗がびっしりと浮かび上がった。
その様子を見ていないのか、ミミリは両の掌を胸の前で組んで、
クネクネと身をよじらせ困り顔で言った。
「ですよね。そうですよね、そう思いますよね。もしかしたら、
”特に14歳くらいの少女の衣服を脱がして、水着に着せ替えることに
異様な性的興奮を覚える特殊な変態”がいるのかもしれません」
グッサァァーーーーッ!
ユリウスの心に言葉の矢が深々と突き刺さった。
――(うぉぉ、な…なんということだ…!やったことがバレれば、『
キモイ叔父さん』に加えて、今ならさらに『特殊な変態』の称号まで
ついて来てしまう。通信販売の抱き合わせ商品よりもずっと
質が悪いオマケではないか。
ますます、いよいよ持ってバレるわけには行かないぃぃぃッ!!)――
そんな叔父の心情など露知らず、ミミリは後を続ける。
「そんな特殊な変態が側に潜んでいるのかと思うと、私は不安で不安で、
今晩は眠れそうにありません。叔父様、犯人になにか
お心当たりはないでしょうか?」
懇願するような上目遣いの眼差しで、ミミリはユリウスを見た。
ユリウスには、その純真な眼差しが心に痛かった。
「…うん、うーん。奇妙なことだね、全く。本当に奇妙で不思議なことだ。
残念だけど、私には思い当たることはないなぁ。
今晩は、特に厳重に警備をするよう屋敷のものに言っておこう」
言葉に切れが見られないものの、何食わぬ顔で言うユリウス。
ただし、全身はプルプルと震えており、その額からは
大量の脂汗が滴り落ちていた。
「あれ?叔父様?いかがしましたか」
そこに追い打ちをかけるよう、くいと顔をかしげ、
底昏い目でユリウスを見つめるミミリ。
「いや、な…なにも」
ユリウスはその視線に耐え切れず、思わずプイッと目線をそらしてしまった。
それを見て、流石にこの場にいた全員(ツツジ以外)が察した。
天然で鈍感なミミリも、叔父の挙動不審な態度を見て、
にわかに確証を得たようだった。
プールサイドで目が覚める前、微かに聞こえた叔父の声。
だとしたら、自分を水着に着せ替えたのは――
(てめぇだったのかよ、このロリコンッ!)
(プランタリアの学園長がロリコン趣味だったとはな…ふぅ世も末だな…)
(???)
(アラアラ、まぁまぁ。来ましたわねー)
ドS姉弟は心のなかで侮蔑を吐き、ツツジはやっぱりわかっておらず、
栞はなぜか嬉々としていた。
「ふーん」と、鼻を鳴らしてミミリは思い直した。
「そうですか、ご存じないですか。
では、ここにいる皆さんに聞くことにしましょう」
(ウワァァああぁぁああーーーッ!)<(@Д@;)>
ユリウスは、頭の中で悲鳴を上げた。
――(そんなことをされては、確実にバレるぅぅぅッ!
そうなれば自分は完全に破滅だ。
一生、この可愛い姪に侮蔑の目を向けられることになるだろう。
なにより、『キモイ叔父さん』に加え、『
特殊な変態』さん呼ばわりされるのは
絶対に嫌だァァァァッ!!なんとか…、
なんとかぁー…しなくてはぁぁぁあああッ!!)
――それだけで頭が一杯になった。
ユリウスは懇願するように、涙目で三人に訴えかけた。
チラ、チラチラチラチラッ。
(後生だから頼むよ。話を合わせてくれないかッッ!)
「なぁ、お姉ちゃん。今日の晩飯どうするよ」
「そうだな、オム焼きそばがいいな」
非情にも、あえて目を逸らして見ていないふりをする
ヒューケインと凛。
あまつさえ状況と関係のない雑談まで始めていた。
さすがは地獄のドS姉弟だった。
(ああッ、凛君ッ!ヒューケイン君ッ!)
ツツジはもとより、事態がイマイチ理解出来ていないし、
金雀枝栞は相変わらずだった。
『進退窮まる』とは正にこのことである。
顔面蒼白になっているユリウスの顔を、
ミミリは下から煽ぐように覗きこんだ。
「”ねぇ、叔父様”?”いかがしましたか”。
”顔色がすぐれないようですが”」
無垢な表情を装って訪ねるミミリ。
ただし、丸々とユリウスを見つめるその目には光沢がなく、
宇宙の底のように昏かった。
「え?え…あ…いや」
もはや、ユリウスは風前の灯が『フー』だった。
その灯火を吹き消すのも、消さないのもミミリの気まぐれ次第。
もはや現代の英雄の運命は、十四歳のいたいけな少女の掌の上だった。
(判っててやってるな、アイツ。天然かと思ったが、やっぱり腹黒だぜ)
(ミミリ君、許してやれ。学園長のHPはもうゼロだ…!)
(なに、なんなのよ。この状況)
(ウフフ。これ以上は仕方ありませんね)
「所で、学園長」
事態を見兼ねた栞が口を開いた。
「あ…なんだい、栞」
「そろそろ会議のお時間ですが。こんな所にいては
<ご隠居>に叱られてしまいますよ」
作品名:マジェスティック・ガール.#1(9~14節まで) 作家名:ミムロ コトナリ