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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガール.#1(1~5節まで)

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 毛布をずり動かす、衣擦れの音が聞こえた。 
 と、同時に息を押し殺すような、女の子の声が聞こえた。
続いて、成人男性と思しき息遣いも。
 誰だかは分からなかったが、確かにミミリの耳には届いていた。
 再び、衣擦れの音が聞こえた。
ギィ、ギ・・・ギィ。
 古木が軋むような音が、二段ベッドの下から聞こえた。
ベッドは規則正しく小刻みに揺れて、軋み声を上げていた。
 確か、ベッドの下に寝ているのは、この部屋の班長――。
 ベッドの揺れと軋む音が次第に早まって行った。

ギィ、ギ・・・ギィ。
ギィ、ギィ、ギィ…。
ギッ、ギッ…ギッ!ギッ!ギッ!

 ミミリはぞっとした。
全身に鳥肌が立ち、心臓をぐわしと締め付けられるような
恐怖が体を蝕んだ。 

 次第に荒くなっていく――男性の息遣い。
 班長の女の子とおぼしき――息を殺した呻き声。

 なにが行われているかは分からないが、何か良からぬ行為が
ベッドの下で行われているのだけは分かった。
 ミミリには、毛布の中で体を丸め、目を食いしばり、耳を塞ぎ、
終わりの時が来るのをただ待つことしか出来なかった。
 
 叔父が言ったとおり、やはりこの場所は”ロクでもなかった”。
 
    * * *

 その日は<キルハウス>と呼ばれる、家屋や建築物を模した
演習場を用いての、連携訓練が行われた。
 三人三組のユニットを組み、九人のチームで、
建造物内を徘徊しているアクトゥスゥ変異体を撃滅するという
仮想状況下での訓練だった。
 訓練の目的は、小隊規模での連携とカバー、制圧時間の
効率化を図ることにある。
 この訓練で求められるのは、集団行動下でのセオリーの理解度。
状況に対する素早い対応力と思考の切り替え。
肉体以外にも、常日頃、頭脳と思考力の鍛錬に勤しんでいるか
どうかも試されるという訳だ。

 ミミリ達の出番がやってきた。
 ミミリが所属するグループは順調に指定されたクリアリング条件を達成し、
仮想エネミーを撃破して行き、家屋のフロアを制圧していった。
 最後のフロアにたどり着いた。
グループ内の恰幅のいい六期生が、フロア内最奥のターゲットドローンに
アサルトライフルを発砲した。三点バーストによる斉射。
 弾丸のニ発はターゲットに命中。一発はその脇を逸れ、外れ――
背後にある、キルハウスを支える柱を繋ぎ留めているネジに当たった。
 その時だった。
全てが上手く、全ての状況がぴったりと噛み合い、それは起きた。
 
 訓練の前日の夜、この訓練の担当教官であるマイクロフトが
部下を連れ立って、キルハウスの整備点検を行っていた。
 その途中、彼を呼び出す電話が携帯端末に掛かって来た。
マイクロフトは電話の用件を済ませる為、職員棟に戻り、
後を部下に任せた。
 整備項目には全てチェックが付いていたが、
それは完全ではなく『穴』があったのだ。
 単純な見落としによる、ヒューマンエラー。それは――

 ネジは緩んでいた。厳密には、それを固定するナットが、だが。
ナットは、弾丸の直撃で緩み、外れ。飛んだ。
 飛んだナットは、後続のメンバーが発砲した
アサルトライフルの弾丸とかち合った。
二つはぶつかり合い、跳弾となって部屋中を飛び跳ねた。
 ナットは先だって部屋に入ったガタイの良い男子の
腹に直撃し、彼は尻餅をついて倒れこんだ。
弾丸はキルハウスの窓ガラスを突き破り外へと
飛んでいった。
 弾丸は、たまたま付近を通りかかったガス配送業者が
リフトで運んでいたガスボンベに直撃。
ボンベに亀裂が入り、ガスが漏れ出した。
 尻餅をついた男子が床に倒れこむ途中。
傍にいたミミリの腰部ラックに掛けてあった
スタングレネードのピンに指が引っかかった。
 ピンが抜けたスタングレネードを見た一人の生徒が
慌ててそれを窓の外に放り投げた。
 スタングレネードは、宙空で炸裂し
大気中に漂い沈殿していたガスに引火。
 そして――
ガス爆発を起こし、キルハウスの一角を吹き飛ばした。

 その一部始終を監視カメラで見ていた、担当教官の
マイクロフトは、口をあんぐりと開いて
『信じられない』といった表情でこう漏らした。
 
 「オ―ゥ…ビューティホ―・・・」

 火傷三名、軽傷二名、打撲一名。
惨憺たる事故となった。
 ミミリは、とっさに能力で空気の膜を貼り
数名の生徒ともに難を逃れていた。

      * * *

 「そりゃー考えすぎよ。ただの偶然じゃぁないの?」
 メールフォン越しにツツジは、馬鹿馬鹿しいと
言わんばかりに答えた。
 自分の周りで最近、大小問わず様々なトラブルが
頻発していることをツツジに相談してみたが、
彼女が寄越した答えは実にそっけないものだった。
 「えぇー。そうでしょうか…」
 「そうよー。あまり気にしないほうがいいんじゃぁないの。
毎回毎回、必ずってわけじゃないんでしょ?」
 「ええ、まぁ…。いや、そういう訳ではないんですけど…。
んー、なんて言えば言いのかなぁ。とにかく間が悪いんです。
絶対なんかありますよ。悪い霊に取り憑かれてるとか」
 「んな非科学的な。気にしすぎよー。
世の中、絶対なんてことは絶対ないんだからさ。
私、そういう決めつけって大っキライなのよね。
自分の境遇や努力した結果が悪かったからって、
他人や周りのせいにしてるみたいでさ。
なんか、負けた気分じゃない?」
 「はぁ…まぁ、ツツジらしいですね、そういうの」
「でしょーう。ま、気を落とさず頑張りなさい。
あ…!ごめん、もう時間だわ。それじゃぁね、お休み。ミミリ」
 
 そんな風に思えれば、どんなに楽か…。
ミミリは、深いため息をついて端末の電源を落とし、ベッドに潜りこんだ。

* * *

 ミミリの人生は、両親を失ったあの日から下り調子だった。
なぜか、彼女の周囲にだけトラブルが頻発するようになっていた。
しかも、極稀にしか発生しないようなイレギュラーが頻繁に。
 彼女自身もその被害者だったが、周囲の人間はそうは思わなかった。
『ミミリ・N・フリージアがいると、決まってケチがつく』
そう思いはじめたのだ。
 運命の顛末や、自身に振りかかる不幸の原因を他者に転嫁したがる
人間はどこにでもいる。
間違いを認められない、謙虚さを欠いた人間が。
 そんなミミリが、そうした卑しい一部の同期生や高学年の
生徒達から目をつけられるのに、そう時間はかからなかった。
  
 寮舎の裏で、ミミリは壁を背に、二人の五期生に囲まれていた。
 「ねぇ、アンタのせいでその前の集団連携模擬試験。さんざんだったのよ」
「ほんとだよ全く。お前がいると、何故か上手くいかないんだよなぁ。
なぁよぉー。どういう事なんだよ、説明してくれよ?」
 完全な言いがかりだった。最初に文句をつけた赤毛の女子生徒は、
自分の整備ミスでライフルが動作不良を起こして、その隙にペイント弾
を叩き込まれ相手の餌食になった。
 次に文句をつけた黒髪の男子生徒は、練習用のグレネードを投げようとして、
ピンが指にひっかかりすっぽ抜け自爆。死亡判定を押され減点された。
 ミミリは、凄まれて萎縮していた。