この手にぬくもりを
連日、日付が変わる頃になると、喜久子は夜空を見上げ、祈る。独房の隙間から、空を見上げているかもしれない夫のために。
それは、日付が変わってまもなく、未明に執行されるのだと聞いた。
冷たい空気を身に感じていることくらいしかできないが、せめて、その感覚だけでも、その瞬間に共有していたかった。
今夜こそ、死刑台に向かわされるかもしれない夫が、安らかであるようにと、願う。
夜を徹してミシンを踏む傍らで、そうするのが喜久子の日課だった。
そんな日が、何日も続く。
判決から一ヶ月以上経ち、いよいよ最後だと、何度も言われながら十二月の下旬になった。ここまで来ると、もう年内には行われないのではないかとまで囁かれ始めている。慣れというのは恐ろしいもので、だんだんと緊張感が薄れていく。何の保証もないのに、今日もまた何事もない、と思ってしまう。
その夜も、同じだった。
天気が悪い上に、冷え込みの厳しい夜で、喜久子は夕方から体調が悪かった。軽い頭痛と寒気を自覚し、無理をせずに早めに床につくことにする。
後になって恨めしく思うほど、その夜は寝付きが良かった。
昭和二十三年十二月二十三日、未明。喜久子は夢の中に落ちる。
広い草原に、喜久子は一人で佇む。
しかし、寂しさも不安も、感じない。
もう、ここで一人泣くこともない。
喜久子は知っていた。
この手を伸ばせば、優しく包んでくれるぬくもりがある。
ついてこいと、導いてくれる暖かな手がある。
それだけで、充分だった。