この手にぬくもりを
夢のあと
まだ何も知らない女学生の頃だった。
教師引率の下、鎌倉の海へ行った。浜辺で解散がかかると、喜久子は友人の麻子と二人、集団から少し離れて歩いた。適当な場所を見つけて腰を下ろす。
そこで麻子は、何でもないことのようにさらりと言った。
「私、結婚するの」
「え?」
喜久子は、何と反応して良いか、言葉に詰まった。
卒業を来年に控え、級友達の話題はもっぱら「お輿入れ先」だった。
進学を決めている喜久子には当分縁のないこととはいえ、周りの友人達が、どこぞのひととお見合いをするだの、縁組みが決まった、などと話していると、落ち着かない。気にしないつもりだったが、一番の親友にまで、結婚する、と言われれば、複雑な気持ちになった。
「どんなかた?」
「会ったことがないもの、分からないわ。軍人さんよ。父が部下にいい人を探させたって」
「会ったことがないのに、決めたのね」
「決めたのではなく、もう決まってるのよ。そういうものでしょう」
喜久子は黙って立ち上がり、数歩、海に近づいた。砂浜にしゃがみ込み、足元の砂を手ですくう。
「袖に入るわよ」
喜久子の背中を見ながら、麻子は苦笑する。袂が地面に着いてしまっている。
「平気よ」
振り仰ぐようにして返事をすると、喜久子はそのまま砂浜に座り足を投げ出した。背中を砂浜に付けんばかりに伸びをする。
「ちょっと!」
麻子はさすがに慌てて、離れたところにいる教師の方に目を走らせる。
「気持ちいい」
着物越しに触れた砂は、ひんやりしていた。
波が寄る度に、伝わってくる振動が、心地よい。
空には低いちぎれ雲が流れていた。両手を広げてまさぐった砂の中で、一片の貝殻を見つけた。歪なそれは、手にとって力を入れると、案外あっけなく砕けて、砂の中に落ちた。
「このまま、さぁっと崩れて砂と一緒になれそう」
皆こうやって砂になるのだろうか。
「波がさらっていって、溶けていくの」
波はまだ見ぬ誰かで、自分はその砂になりたかった。そういうスケールの大きいものを、探していた。
「そんな風に死ねたらいい」
喜久子の言葉に、それまで無言で呆れていた麻子は、ぎょっとした。突然何を言い出すのか。
喜久子は時々、意味の分からない詩的なことを言う。
「別に、死にたいわけではないのよ。憧れというか」
麻子は、喜久子の言葉を適当に流して、立ち上がる。
「いい加減に立ちなさいよ」
そして、動く気配のない喜久子を、足の先で軽くつついた。
頷いて腰を上げようとすると、少し離れたところで悲鳴が上がった。声の発生地を見やって、麻子は苦笑する。
「これは校長室ね」
喜久子も、袴の砂を払いながら笑った。
その日、どうしてそんなことを考えたのかは分からない。
少なくともあの頃は、海も浜も、死と繋がる存在ではなかった。
砂の感触も波の響きも、生きていることを実感させてくれるだけ。
生きてさえいれば、いつかは幸せになれるのだと、無条件で信じていた。