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この手にぬくもりを

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 八月十五日正午、東京でも終戦の詔勅の玉音放送が流れた。
 昨夜から、正午に重大な放送があると告げられていた。何故か新聞も来ない。落ち着かない気持ちで、喜久子は午前中からラジオの前に座っていた。これからアメリカ軍が上陸してきますから武器を持って戦いましょう、か、それともソ連とだろうか、と、彼女の考えはそちらの方に向いていた。
 放送状態はそれほど悪い、というわけではなかったが、放送員の声、君が代の後の終戦の詔勅は随分と聞き取りにくかった。それでも喜久子は、自分の耳を疑うぐらいは、内容は理解できた。しかし、実感は出来ない。放送が終わってもしばらく呆然としていた。
 開け放した窓から、外の音が聞こえる。戦争は終わった、負けたんだ、日本は負けたんだ、と叫ぶ声がどこからか流れてくる。
 ああ、そうなのか、戦争は終わったのだ。よかった、皆帰ってくる。特攻隊に志願した正が出撃する前に、終わったのだ。直後に湧いてきた感情は、そんな単純なことだった。
 ところが、遅れに遅れて配られた朝刊を受け取って読んで、喜久子は顔をこわばらせた。
 新聞を丹念に読むのは、いつからかの喜久子の習慣だった。特に夫が留守の場合、とにかく彼の名前を探す。この日の新聞は、先程の終戦の詔勅が大きく取り上げられ、そしてその下方で、陸軍大臣の自決を知らせていた。
「敗戦の責を負って自決」
 敗戦。それは、今まで聞いたことのない言葉だった。負けたらどうなるのだろう。戦争が終わるのとは、違うのだろうか。終わった時点で生きていたら勝ち、なのではなく、生きていても負けたら、死ぬしかないのだろうか。
 当然のように現れた大臣自決の報が、喜久子の世界を大きく揺らした。
 そうか、もう壊れてしまったのだ。夫の帰ってくる世界は、ひっくり返ってしまった。
 約束も、願いも、もう通用しない。
 それが当然なことと、そう考えた。
 負けてしまったのだから、きっと板垣もそうするだろう。
 そして、その時は。
 喜久子は立ち上がって、新聞を捨て、ふらふらと二階へ上がった。衣装箪笥の、下から二番目右の一番奥。そこに、一振りの短剣がある。
 喜久子はその柄をしっかりと握りしめた。
 あとは、知らせを待つだけだった。
作品名:この手にぬくもりを 作家名:くりはら