シャルラロハート 第一幕「少女と騎士(ドール)」
[5]
月光に照らされる中、住宅街の屋根を次から次へと飛んでいくローゼの姿があった。腕には優華を抱えている。
あの後、暁は途中で優華に追いつくと彼女を回収した。そして今はローゼの腕の中でお姫様抱っこの形でおさまっているということだ。
彼女は暁の姿を見て最初は驚いていたが、大分落ち着きを取り戻し、今は普通に話しかけてくるようになっていた。
「最初はどうなるかと思ったけど、皆無事で良かった……」
『ああ、なんとかな』
「だけどびっくりよ。暁がいきなりこんな姿になっちゃうなんて」
優華はローゼの胸の辺りをコンコンと叩く。これに関しては俺も相当驚いている点ではある。
『まぁ、今俺と一緒にいるミラとかいうのが原因みたいなんだけどな』
「ミラ?」
『私のことよ。火坊 暁はこのローゼのマスターに選ばれたの。だからああしてアリオンと戦えるの』
暁の声ではなくローゼから聞こえてくるのは少女の声だ。急に少女の声に変わった事に優華は驚きつつも返答する。
「そ、そうなの?だけどこのローゼになるってことは、あの化け物たちと戦わなければならないんでしょ?」
『そう。それについては彼も彼なりに覚悟を決めてくれたみたいだし、良かったわ』
「危険なんだけどこれでいいと暁は思ってるの?」
『ああ、勿論。それにあの化け物が存在する限り、今日みたく襲われる人間がいるってことだ。それを見過ごすわけにはいけないさ』
「暁らしい理由ね。だけど気をつけて、今までと違って足を踏み入れた事のない領域での出来事になるんだから何が起こるか分からないわ」
暁はローゼを通して頷く事によって優華にその点は承知しているとの意思を伝えた。
少し不安そうな優華だったが、暁が決めた事なら尊重するべきことではないかと考えを改める。
その間もローゼは跳躍で建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。
「あっ!?」
暁の家が近くなる頃に突然優華が声を上げる。
「このまま行くのはいいんだけどどうするの?貴方の家に降りたら、暁のお母さんやお父さんに見つかっちゃうでしょ?」
優華の言う通りではあった。
『あー、どうしよ……』
道端に降りてちょうど誰かに見つかるというのも間抜けではある。
「ねぇ、私の家の庭に降りて。誰もいないし、塀とか木で周りから見えないから静かに降りれば大丈夫だと思うわ。」
『分かった。着地するからしっかりと掴まっててくれよ』
『細かい調整は私に任せて』
屋根を飛び越えると目の前に見えるのは優華の家だ。
ある程度飛んだ所で、ローゼの肩や腿、背中の鎧となっていた装甲板が展開し、空力ブレーキとなる。ゆっくりとだが確実にスピードを落としつつ、ローゼは庭へと静かに降り立った。
ローゼは足がつくと優華を腕から下ろす。
「ふぅ、一時はどうなるかと思えたけどなんとか家に帰れたわ」
緊張感から開放された優華は一つ伸びをしながら言う。
その隣で淡い光を放ち、ローゼは同化を解くと光の中から暁とミラが現れる。
「あ、ちゃんと元に戻れるんだ」
驚いた顔をしているがすぐに興味は隣の少女へと移る。
「えっとアナタが……」
「ミラ」
「ミ、ミラちゃんね」
怒ってるとも取られかねない冷たいミラの反応に優華は戸惑った。
そんなやり取りを横目に見つつ、暁は優華の家の門へと身体を向ける。
「そろそろ俺も家に帰らないとな。連絡もなかったし、親が何かとうるさいからな」
「色々とあったけどありがとね、暁」
じゃ、と言うと暁は歩きだすが、その後ろを当たり前とでも言いたげにミラが付いて行く。
「ちょ、ちょっと待って!!」
それを見た優華は慌てて暁を制止する。
「わっ!?お前なんで付いてくるんだよ!?」
何かと暁が振り返るとすぐ後ろにミラが付いて来ている事に驚く。その様子を見て、何故そんなに驚く必要があるのかとミラは首を傾げた。
「戦闘時以外でもマスターをサポートするのも私の役目の一つなの。だから不思議な事はないと思うけど?」
至極真っ当な事を言ってるような気もしなくもないが、このまま少女を連れ帰ろうものなら親が大混乱を起こすというオチが見えている。
「えっと……。ミラちゃんは家とかに帰らないの?」
「帰る場所?私にそんなものはない」
帰る家が無い、困ったことが発生したと暁は思った。しかし、自分の良心的に野宿でなんとかしてくれと言う事はできない。
「どうすれば……」
「ねぇ、一時的にだけど私の家に泊めたらどうかしら?暁の家は隣だし、何かあったらすぐに駆けつけられるわ」
「有り難いんだが、優華はいいのか?」
「大丈夫よ。両親は滅多な事では帰ってこないし、もし帰ってきた時には悪いけどどっかに隠れてもらうわ」
この少女から少しでも目を離すと何が起こるか分からないが、それ以外選択肢がないのも事実だ。
「悪いな。優華に色々と迷惑かけちゃって」
「大丈夫よ、こんなことぐらい。暁は私の命の恩人だし、これぐらいの事はしないと私の気が済まないの」
優華には頭の下がる思いだ。ちゃんと理解してくれるか疑問だがミラには優華に迷惑をかけないようにと念を押しておこう。
「ミラ、優華の言う事をちゃんと聞くんだぞ」
「マスターの仰せのままに」
礼儀正しく一礼をするミラにちょっと戸惑うが、まあ大丈夫だろうと判断する。
暁は去り際にミラの頭に軽く手を乗せて頭を撫でた。
「その……今日は助かったよ、ありがとうな」
「これは私に課せられた義務、礼には及ばない」
やはり何かズレた少女だとつくづく思う。
本当に大丈夫かと思うが、その辺りはマスターの権限とやらを使って直していくしかあるまい。気が遠くなるような作業になりそうな予感がするが仕方ないだろう。
ふぅ、と一息つくと暁は口を開く。
「じゃ、また明日な」
暁は門へと歩き出した。
優華の家の門から出ようとする時に暁は一度振り返る。優華は笑顔でこちらに手を振り、ミラは無表情のままこちらを見つめて立っている。
二人に軽く手を振ると暁は門を開けた。道路に出ると一陣の風が頬を叩く。
その風は痛いほどに冷たいものだった。
作品名:シャルラロハート 第一幕「少女と騎士(ドール)」 作家名:ますら・お