シャルラロハート 第一幕「少女と騎士(ドール)」
「私はね、今はこうやってこの店を親から継いでやってるけど、本当はそれを望んでたわけじゃないの。私にも就きたい仕事だってあった。でも、結果は全部駄目でこれしか道は無かったんだ。こんなとこの喫茶店の店主をやることになった時なんて本当に最悪だったわ」
「えっ……」
いつも落ち着いて物事をこなしていく綾乃さんらしくない言動だ。
「でもね、今はこうやって暮らしてきてこれはこれで悪くないなぁ、なんて思ってるの。お客さんの笑顔とか見てると、なんか頑張ろうって気にもなってくるしね」
中学や高校時代の時は周りの皆を上手く引っ張っていく先輩だったのだが、綾乃さんにもこんな面があったんだなと思った。
「乗りかけた船なんだから、思い切って乗っちゃうのも手かも知れないよ。そして流されるまま旅に出ちゃうのも悪くないと思うわ。ただ、何もしなかったら無力な人生を送っていたのかもしれない、と思うと怖くなっちゃうな」
「なるほど……立ち止まるのが一番いけない、ということなんですね」
「そう、進まないのが一番ダメ。人間は最後まで歩き続ける生き物なんですもの」
綾乃さんの言う通りだ。もしかしたらこの先に待つものは自分の想像がつかないような世界なのかもしれない、しかし根本的な事はどうであろうとも何一つ変わらない。そして、もし歩みを止まればそこに待っているのは後悔だ。
暁の中で少しずつ決意が固まっていく。
「どうするかは貴方のココが答えを導き出してくれる筈よ」
そう言うと綾乃は右腕を伸ばし、人差し指の先を暁の左胸の心臓がある辺りにつけ、軽くトントンと叩く。
「はい。それなりに自分の中で考えがまとまってきました」
まだ、完全とはいかないが肩の荷が下りて大分楽になってきたように感じる。
「良かった。私の言った事が暁くんの役に立ってたらいいなっ」
綾乃さんの笑顔だ。自然と自分も笑みがこぼれてくるのが分かった。
「ありがとうございます。後はなんとか自分なりの答えを手繰り寄せてみます」
こうなれば後はあの少女に会うだけだ、と暁は思った。
作品名:シャルラロハート 第一幕「少女と騎士(ドール)」 作家名:ますら・お