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ますら・お
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novelistID. 17790
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シャルラロハート 第一幕「少女と騎士(ドール)」

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[2]


暁は商店街を一人で歩いていた。
まばらな人混みを上手く避けつつ進んでいく。
楽しそうにくだらない世間話を続ける主婦達。
笑顔でニコニコしながら商売を続ける人々。
愛を確かめ合うように腕を組み歩いていくカップル。
隅で地面にダンボールを引き、何かを座り込みただ何かを見つめている薄汚い男性。
様々な人種がこの人混みを構成している。
しかし、殆どの人々はあの化け物のことは何も知らずに暮らしているのだ。
色々と考えていくと、いつもの光景が今までとは違い全て灰色に変わっていくような気がする。自分はこの日常の空間で何かズレている存在なのではないのだろうかという錯覚に陥っているのだろう。
ミラ、あの少女に悪意が有ろうが無かろうが、彼女が原因の一つなのは間違いない。そう考えると怒りにも似た感情が心の中に込み上げて来る。
しかし、彼女がいない今、ここで心の中に溜まったものを発散しても意味が無い。
はぁ、とため息を一つついて心の中からもやもやとしたものを取り除こうとする。
そうしてる内に目的地への道を通り過ぎそうになっている自分に気付く。
「おっと、通り過ぎるところだった」
暁は入り組んだ路地裏に入っていく。人が二、三人並んで歩くのがやっとの広さの道を進む。
入り組んだ道をある程度進んでいくと行き止まりに突き当たる。
しかし、そこは行き止まりではなく目の前にしっかりと磨き上げられ光沢を放つ黒い木の扉があった。
扉には「luciole」と彫られたプレートがかけられている。
周りが店舗の裏口などである中でこの黒い扉は異質な存在である。
ドアノブに手をかけると暁は迷わず引いた。
カランカランとベルが鳴る。
扉を開けた先に広がるのは、扉と同じく丁寧に磨き上げられた黒い木目の床にかすかにくすんだ白い壁紙の広い部屋だ。部屋には至る所に棚やテーブルが置かれ、その上に雑貨らしきものが陳列されている。
「はいはい、いらっしゃいませー」
店の奥からコツコツという足音と共に若い女性の声が聞こえてくる。
現れたのはゆったりとしたベージュのカーディガンを羽織い、黒のロングスカートを履き、頭に赤い眼鏡を乗せている女性。長い黒髪を後ろに一つで纏めている。
この女性が綾乃 可奈(あやの かな)だ。この店の店主であると共に、暁の中学、高校時代の先輩であり、古くからの知り合いである。
短大を卒業して去年からこの店を親から継ぎ、それ以来雑多な業務を全て一人でこなしている。
しかし、店の入り口がこんな路地裏で儲かるのかと疑問に思うが、本人曰く生活には困らない程度には儲かっているらしい。
本当なのかとは思うが彼女が何事もなく普通に暮らしているのがそれの証明なのだろう。
奥から出てきた綾乃は暁の姿を見て目を丸くしながらあら、と口に手をあてた。
「暁くんじゃないの。午後のお茶の時間でもないのに珍しいじゃない」
「まぁ、ちょっと色々とありまして……」
「ん?何か悩み事でもありそうな感じね。今はお客さんもいないし、お客さんが来るまででいいなら先輩が聞いてあげるわ」
表情と言葉から暁の心情を読み取った綾乃は、手招きすると店の奥へと暁を案内する。
そこにはテーブルとそれを挟むように椅子が二つ置かれていた。加えて、窓際からレースのカーテンを通して緩く差し込むのが落ち着いた雰囲気を生み出している。
この喫茶店の特等席と言われる場所だ。ここに来る客殆どはこの席に座り、静かなひと時を過ごすのを目的としている。勿論、暁もその一人であるのは言うまでもないだろう。
暁が椅子に座るのを見届けると綾乃は口を開く。
「紅茶はオススメの新しい茶葉が入ったからそれでいいかな?」
「ええ、それでお願いします」
ちょっと待っててね、と声をかけると綾乃はキッチンへと入っていった。
暁一人になった部屋には静寂が立ち込めていく。
ふと、窓際を眺めるとそこに黒い髪の小さな人形が置いてあるのに気付く。可愛いなと思いつつも見ているとあの少女のことを思い出す。
(彼女はどこにいったのだろう……)
考え始めると食事とか住む家とかはどうしているのか、など色々と疑問が湧きあがってくる。先ほどまで怒りみたいなものさえ感じていた得体の知れない相手に、何を考えているんだろうかという気がしなくもない。
しかし、不思議と荒んだ感情が出てこない。やはりこの特等席の効能の一つなのだろう。
家に篭ってウジウジしているよりここに来て正解だったつくづく思った。
そして待つこと数分。
「お待たせー」
キッチンからティーポッドとカップ二つ、茶菓子をプレートに乗せた綾乃が出てくる。
躓かないように気をつけながらテーブルにたどり着くとプレートを置いた。
「今日のはディンブラよ」
カップに紅茶を注いでいくと同時に、辺りに薔薇のような柔らかくも強い香りが立ち込める。
差し出された紅茶を受け取ると暁は口をつけた。口の中に香りとディンブラ特有の爽やかな渋みが広がっていく。
「とてもいい香りですね」
「でしょ、いい茶葉が手に入ったから暁くんと優華ちゃんに飲ませたいなぁ、って丁度思ってたところなのよ」
自分のティーカップに紅茶を注ぎ終わると綾乃は椅子に座る。
「で、悩み事はなにかしら?」
「ちょっと、自分の口からは詳しくは言えないんですよ。抽象的な表現になってしまうかも知れないですけどいいですか?」
「ふむ……大丈夫よ」
「ありがとうございます。結論から言うと、今までに無いぐらい大きな決断しなければならない時が来ているって事なんです」
「大きな決断?」
「そうです。今自分はそこでどちらに行こうか迷っているんです。どちらを選んでも自分には大きな影響が返ってくる。しかも下手をしたら周りの人まで巻き込んでしまうかもしれない。その決断は急に求められた上に、誰かに任せて逃げられるものでもなく自分以外の誰にも決められない、という感じです」
「なるほど、上辺だけしか分からないけどそれでも充分厳しい状況ね。聞くのは悪いと思うけど、それってやっぱり何かのトラブル系?」
「ですね。昨日の夜にちょっと色々とありまして……」
「そっか……」
綾乃は頷きながらティーカップに口をつけた。
少しの静寂の後、うんともう一度頷くと再び綾乃が口を開く。
「これ以上深く内容を聞くのはやめるわ、暁くんの言いたくないような事まで引きずり出しちゃうような気がしてきちゃった」
もう少し深い内容まで入っても問題ない気もしたが綾乃さんの言う通り、油断すると全てが曝け出される危険もある為、ここで控える事にする。
それにあの事を伝えるにしても、綾乃さんにどのように伝えればいいのか自分でもよく分からないのだ。化け物や少女のことを話しても無意味に話をこじらせるだけである。
信頼できる綾乃さんにそのような事を言って困らせたくないという気持ちもあった。
苛立ちに暁は両手をギュッと握った。
「そんなに自分を追い込まないで」
優しく微笑みながら綾乃は暁の両手を握る。ほんのりと冷たい手が暁を包む。
「ねぇ、聞いて」
そう言うと綾乃は暁の手を優しいながらも力強くしっかりと握った。