看護師の不思議な体験談 其の十一
ストレッチャーを押し、Aさんがいる一番奥の大部屋へ入る。
「ねえ、携帯持っていっちゃ駄目なの?」
ストレッチャーに寝転びながら、Aさんはそう聞いてきた。
「持っていったところで、手術の間は眠ってますから…。」
「別に使うつもりはないけど。」
私は一瞬考えた。
「…お守りがわりにということなら、電源を切っていればいいですよ。」
そう言うと、Aさんはニコッと笑った。
(あら、珍しい…)
「ありがとね、杉川さん」
Aさんは携帯電話を病衣の胸ポケットに入れ、大事そうに両手で押さえていた。
ストレッチャーで手術室まで移送し、手術が開始となった。
7回目だが、一度も家族や友達、彼氏とやらも見たことがない。一人きりの手術。
(慣れているとはいえ、寂しくないんだろうか。)
手術室では淡々と、かつ的確な処置がなされていく。医師の手によって、子宮内のものが掻き出される。そしてそれらが、テキパキと小さな小瓶へと移される。まだ妊娠7週のため、見た目は胎児といえるものではない。
私はその小瓶を受け取り、蓋をギュウッと閉めた。
無影灯の光にかざして見てみた。ホルマリンに浸けられた、粉々になった血液や粘液。どれが胎児になる部分だったのか、それすらよく分からない状態。
当のAさんは、手術台の上で眠ってはいるがウンウンと唸っている。額には脂汗。固定された両手両足をごそごそ動かしている。薬剤の内容にもよるのだが、麻酔の影響で、悪夢を見ることが多々ある。特に、この中絶手術や流産手術の時に使用する薬剤によって多く見られる。
(いったい、どんな夢なのだろうか…)
手術は30分経たないうちに、無事終了し、帰室した。
「Aさん、お部屋に帰りましたよ。」
声をかけると、Aさんは『うん』と軽く頷き、再び目を閉じて、すうすうと寝息をたて始めた。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十一 作家名:柊 恵二