桜の光景
二度目に二人で会ったのは次の年の春休み。若葉は吉野からまた花見に行こうと誘われた。例の公園だ。受験が気になり始めてはいた時期ではあったけれど、なかなかの陽気に家にこもるのも気が引けて誘いに応じた。駅に着くと、またも吉野が既に来ていて、若葉が驚いて「どうしたの」と問えば「何が」と返された。駅から公園までは少し距離があるからと乗って来ていた自転車の後ろを示され、若葉はその荷台に何の気なしに後ろ向きで座った。それを見て吉野は声を出して笑った。
「なんで後ろ向きなのさ」
「あんたの背中で視界を遮られたくない」
若葉の言葉に「それひどい」と吉野はより一層大きな声で笑っていた。自転車が走り出すと、前年よりも長くなった吉野の髪が風に流されて、前年よりも襟足が短くなって露わになった若葉の首筋をくすぐった。その感触に若葉は後ろ向きに乗っておいて良かったと思いながら揺られていた。
公園の桜はまだ咲き始めたばかりで花はまばらだった。それでも構わず、二人は前年と同じベンチに並んで座り、子供たちの声が響く中、桜を眺めながらコンビニで買ったお茶を飲んだ。今度は買って来ていた団子も二人で食べた。
団子とお茶を口にしながら二人はどうでもいいことをあれこれと話した。話す内容は本当にどうでもいいことなのに、桜を背景に笑う吉野の顔は若葉を変にそわそわさせて、若葉はあまりそちらを見ないようにしていた。丁度いいことに、目の前には桜が咲いていて、その日二人はそれを見るためにそこにいたから、桜ばかり見ていた。時折香る甘い香りが気になったけれど、きっとそれは、桜の香りに違いないと眺めていた。
居心地は決して良くはなかったのに、何故かあっという間に時間が過ぎていった。変にかいた汗が冷えて、軽く身震いしながら若葉は自転車に後ろ向きに座っていた。背中合わせになった吉野は自転車を漕いでいる。
「クラス、どうなるかな」
そう言う吉野の声はどこか不安そうに感じられた。二人は二年まで同じクラスだったけれど、一年のときに仲の良かった他の友人たちは皆バラバラになっていた。積極的に交流していたのも初めのうちだけで、次第にそれぞれ新たに出来た友人との関係に忙しくなり、会うのは偶然に任せるようになっていた。若葉はそれをそういうものだとただ受け入れていた。
「さあ、どうだろうね」
どうにもならないことをあれこれ考えるのは若葉の性には合わなかったから、ただ、そう答えた。吉野が求めていた答えはそれではないのかもしれないとも思ったが、それに応えてやる気にはならなかった。
「あと一年かぁ」
独り言ともとれる吉野の呟きを背中に聞きながら、若葉は流れていく景色を眺めていた。もしクラスが分かれたら、二年の付き合いになるこの友人とも疎遠になるのだろうかと考えたら、みぞおちの辺りがもやもやとした。背中は確かに触れていないのに、間に挟まれた空気が心なしか他より生温くて、なんだかひどく居心地が悪くなった。首筋をくすぐる吉野の髪は余計にそれを増幅させて、だから、ただ黙って、流れていく景色の色が変わっていく様子を眺めた。
それが若葉と吉野が珍しく二人だけで会ったときにあったことだ。偶然か必然か、二度とも花見だ。
それらはとてもありふれた出来事で、それなのに若葉の記憶には克明に刻まれていた。それがまた、若葉の桜嫌いに拍車をかけることになっている。ただの友人との思い出であるはずのその光景が、その後に味あわされた苦い想いのせいで桜を倦厭させるきっかけになってしまった。