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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 謝らなくては。たぶんそんなことをしなくてもエステルさんは許してくれる、というかたぶん怒ってすらいないのだろうけど、だからこそ謝らなくてはいけない。謝って、ちゃんと話を――とそこまで考えて、ふと思い出す。そう言えば元悪魔が言ったあの「エステルさんは現世に興味がない」という言葉の意味も訊けないままだ。
 訊いてもいいのだろうか。パートナーであるエステルさんについて、俺はあまりにも知らなすぎる。あまり根掘り葉掘り訊くのもどうかとは思うけど、少しくらいは知っておいたほうが今後のためにもいいような気がする。
 まずはちゃんと謝って、普通に話が出来る雰囲気になったら訊いてみよう――なんて、そんなことを考えながら、一応目だけは耕平を追っている。いかにも気もそぞろ、たぶん今の俺なんて傍から見れば集中していないのが一発で丸分りなのだろうけど、致し方ないというのは理解してほしい。だって、どれだけ見ても部活中の耕平には何一つおかしなところなんてないのだから。
 そもそも、俺が死んだことで罪悪感を抱いているかどうかなんて外から見ていて分かるものなのだろうか? もし本当に耕平が俺の死を望んでいたとして、あの元悪魔はどうやってそれを知ったのだろう。悪魔を長いことやっているとそういう勘が身につくものなのだろうか? あの元悪魔に魔法の気配がないと見抜いたエステルさんのように。
 分からない。エステルさんが何も言わなかったということは、たぶん俺の考えすぎなのだろうと思うけど。単純に目で見て判断しろということなのだろうけど――そうだとすると気が遠くなる。
 俺たちの高校はわりと部活動にも力を入れていて、とりわけ運動部は夏休みを利用して午前、午後とぶっ通しで練習をしているところも多い。俺が入っていたサッカー部もその一つだし、耕平の陸上部にしたってそうだ。今はもう正午を過ぎて午後二時にさしかかろうとしているところだけど、練習が終わるのは夕方なのでまだ数時間先だ。もう今の時点で十分に見飽きたこの練習風景をそれまでずっとこのまま眺めていろだなんて。そりゃあ眠たくもなろうというものだ。
 ちなみに今の俺には理論上、いわゆる人間の三大欲求というやつは存在していない。なにしろ肉体がないのだから。でもやっぱりぼんやりとしたまま長い時間を過ごしていだんだんと気だるい感じがしてくるし、おいしいものを食べたいという欲求は今もあるし、耕平なんかよりも女の子たちのほうを見ていたほうが目にも楽しいと今も思える。肉体から来ていたはずの欲求は実のところ精神にも強く根付いていたというわけだ。
 もっとも、これは単に俺が人一倍寝ぼすけで、食いしん坊で、スケベだったということなのかもしれない。それぞれ当てはまる節はたくさんあるので否定はできない。まあ俺くらいの年代だと誰でもこうなんじゃ、とも思うけど。
 下らないことを考えているうちにようやく待ちに待った部活の終わりがやってくる。念のために片付けや着替えの様子も見てみたけど、やっぱり耕平の言動にはおかしいところなんてない。どうやらエステルさんには「進展なし」と報告するしかないようだ。
 エステルさんとの合流場所とかは特に決めていない。というか、このまま耕平についていけば自動的に合流できるはずだ。ここ最近の耕平の行動パターンは分かりきっているのだから。
 着替えを済ませて部室から出てきた耕平は、でも意外な行動に出た。仲間達と別れたあと、まっすぐに公園へは向かわずに何故か駅前のほうへと歩いていくのだ。俺としては早くさくらとエステルさんのところへ行きたいところだったけど、仕方なしにそのあとについていく。
 やがて駅前にたどり着くと、耕平は一番賑やかなとことからは少し離れた商店街に入った。いくつかの店の前を通り過ぎたあと、どこで足を止めたかというと――
「……似合わねー」
 思わず独り言を言ってしまった。それくらい、スポーツバッグを抱えたいかにも体育会系な男子高校生には似つかわしくない場所なのだ、お花屋さんというのは。
 意外にも耕平は慣れた様子で店の中へ入り、店のおばさんともなにやら親しげに話している。もしかしたら知り合いなのだろうか。やがて耕平は二種類の花を一本ずつ買って、それを手に店から出てきた。誰かのお見舞いに行くにしてはあまりにも少なすぎるし、知らない人が見たら不思議に思うかもしれない。でも一体あの花が何なのか、今ここで分からないほど俺も抜けてはいないつもりだ。
 店を出た耕平の足取りは、今度こそ真っ直ぐに公園へと向かっていく。肩にスポーツバッグ、手に花というアンバランスさはやっぱり目立つようで、道中けっこう人目を引いていたのだけど耕平は気にしていない。気付かないほどバカではないはずなので、たぶんあえて気にしないようにしているのだろう。
 公園についた耕平は、予想通り、まずは入り口のところの小さな献花場所へ行ってくだんの花を添え、しゃがみ込んで手を合わせた。今まで気がつかなかったけど、この様子だとどうやら毎日やっていたみたいだ。純粋に俺の死を悼んでいるのか、さくらのことは任せておけ、とでも言いたいのか――それとも、密かに死んでほしいと思っていた俺が本当に死んでしまった罪悪感から来る行動か。
「どうだ? なにか変わったことはあったか?」
「あ……」
 そんな耕平の様子を見ていたところへ、エステルさんが声をかけてきた。いつも通りのようでいて実はその奥に遠慮を隠し持っているような口調、に聞こえた。気まずい気持ちが一気に俺の中を駆け上ってくる。でも先延ばしにしたって何もいいことはないから、俺は質問に答えることもせずに、
「ごめん!」
 といきなり言って頭を下げた。そのまましばらく待ってみたけど返事はない。恐る恐る顔を上げてみると、困ったように笑っているエステルさんの顔がそこにあった。
「まったく。お人好しだなあ、お前は」
 気にするな、なんて言われるよりもよっぽど雄弁に「許し」を物語っているセリフ。結局のところ、天使になってからというもの俺はこの人のこの優しさに甘えきってしまっているのだ、と改めて思う。
「あそこでお前が腹を立てるのは当たり前のことだ。むしろ私はわざとそうやったつもりだったのだが」
「わざと……?」
「ああ。私がああいう言い方をすれば、お前は意地でもさくらのことを信じようとするだろう。お前はそれでいい。好きだった人を疑うなんて、そんなことをする必要は――って、ああっ!」
 いきなり混乱したような声をあげて、エステルさんはきれいな金色の髪を乱暴にかきむしった。
「なんで私はこんなことをべらべらと喋っているんだ。これでは何のためにあんな言い方をしたのか分からないではないか」
 口調こそこんなだけど、その仕草は外見どおりの俺と同じ年頃の女の子を思わせた。この人もこんな仕草をするんだなあ、なんて、生身の人間を思わせるエステルさんの姿になんだか微笑ましい気持ちになる。それが顔に出ていたのか、エステルさんは俺の顔を見て一瞬だけ「しまった」というような表情をしたあと、
「……ごほん。すまない。取り乱した」