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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 そんな前置きから始まったその話は、たしかに俺にとって嫌な話だった。この上なく、嫌な話だった。
「私たちの義務というのは、悪魔を撃退さえすればそれでめでたしめでたし、という単純なものではない。奴の言葉を借りるとすれば、悪魔が人間に売りつけた地獄行きのチケットを買い戻さなくてはならないんだ。売りつけられた側だって望んでした買い物ではないだろうからな。クーリングオフ制度が適用されるというわけだ」
 要するに悪魔が起こした事件のせいで地獄へ行きそうになっている人たちを助けなくてはいけないということだ。それについては事前に聞かされていたので俺も知っていた。
「今回で言えばその対象はトラックに乗っていた運転手と――奴の言葉を信じるならばもう一人、お前の死を望んでいた人間の合計二人ということになる。奴が嘘を言っていたという可能性もあるにはあるが、念のために私は『お前の死を望んでいた人間が居る』という前提で動こうと思う。異論はあるか?」
 有る無しで言えば異論なんてそれこそ数え切れないほどあったけど、そのどれもがつまらない、口に出す価値もないようなものだ。「ないよ」と言って、俺は自分を納得させるしかない。
「私が知る限りで、今のところ疑わしい人間は二人だ。一人は毎日さくらのところへ通い続けているあの耕平という男。彼にしてみれば、お前の存在は限りなく邪魔だっただろうからな。何故邪魔なのか――は、分かっているな? 今さら変にとぼけたりするなよ?」
 分かってるよ、と俺は可能な限りのそっけなさで言う。
 そう、分かってはいたんだ。生きているときから本当はちゃんと分かっていた。耕平はさくらのことが好きなんだって。でも俺が居るんじゃあその想いはずっと報われないままだ。さくらの気持ちが俺に向いているってことは、さくらと親しい人はみんな――耕平も含めて――たぶん知っている。
 俺と耕平は親友だ。でも、さくらと耕平のどっちを取るかと言われれば俺は何の迷いもなくさくらを選ぶ。冷たいようだけど男と女ってそんなものだと思う。少なくとも俺にとってはそうだ。身を引くつもりなんてあるはずがないし、さくらを想う気持ちでは絶対に誰にも負けやしない。
 だから、いつかは腹を割って話をしなくちゃいけない時が来るだろうとは思っていた。それを先延ばしにしてしまったツケがやってきたのがあの事件なのだとすれば話は単純だ。納得はできなくても理解はできる。
 分からないのは、エステルさんが言った「疑わしい人間は二人」というやつだ。もう一人というのは一体誰のことだろう?
 それについて、エステルさんはこんなふうに言った。
「去り際、奴はこう言ったな。『人を呪わば穴二つ』と。知っていると思うが、他人を呪えばそれは必ず自分にも跳ね返ってくるという意味の言葉だ。事件が起こったとき、あの公園でお前達は二人きりだった。つまり二つ掘られた墓穴には入るのはお前と、もう一人は彼女しかあり得なかったということになる」
 ここまで言われてようやく、エステルさんが何を言おうとしているのか俺にも分かった。でも、そんなばかな。あり得ない。
「もしお前の死を望んでいたのが耕平だったとすると、お前と一緒にさくらが死ぬことで彼は報いを受けることになるはずだった、ということだろう。確かにお前一人が死ぬよりそのほうが罪悪感は大きくなるだろうし、地獄に行く確率もより高くなるから理にはかなっている」
 ここまで話して、前置きはもう十分だと思ったのだろう。エステルさんはついにはっきりと言った。
「だが、それは奴の言ったことをあえて婉曲的に理解するとすれば、という話だ。ストレートな意味合いで考えれば、お前と一緒に墓穴に入るはずだった人間こそがお前を呪った張本人ということになる」
 はっきりと名前を口に出さなかったのは、たぶんエステルさんなりの思いやりだったのだろう。正直、意味があったとはお世辞にも言えないけど。
「考えてみれば、彼女の言動には不可解なところがある。あんな事件に出くわしたのだったら、普通は現場に近寄りたがらないものだろう? どうしたってその時のことを思い出してしまうからな。でも彼女の場合はそれどころか毎日ああやって自ら現場へ行って一日中そこに居る」
 だから怪しい、とでも言うのだろうか? そんなの何の根拠にもなっていないじゃないか。
「可愛さあまって憎さ百倍、ということもある。どうだ? お前から見て、彼女にはお前の死を望むなんらかの要因があったと思うか?」
「知らない」と答えた。「そんなのは勝手にエステルさんが考えればいいじゃないか」
 俺がそう言うと、エステルさんはさすがにそれ以上何も言わなかった。それをいいことに、俺はさらに言い募る。
「疑いたいなら疑えばいいさ。でも、もしそれが濡れ衣だったら――俺はエステルさんを許さない」
 俺がそう言ったとき、一瞬だけエステルさんがひどく寂しそうな顔をしたのに俺は気付いていた。気付いていて、気付かないフリをした。

 二手に分かれることを提案したのもやっぱりエステルさんだった。俺はこうして耕平の監視、一方でエステルさんはさくらにつくというわけだ。俺としてはさくらが心配なのだけど、こういう分担になったのにはちゃんとした理由がある。俺がさくらについたのでは客観性に欠ける、というのともう一つ。これからは「プライベートタイムを覗くのは気が引ける」なんて言っていられない。それぞれ自宅に帰ってからの様子も観察しないといけなくなる。男の俺がさくらにつくのはそういう意味でも問題がある、とエステルさんは言った。確かに正論だったので逆らうこともできず、渋々ながらも従うことにしたというわけだ。
 それからおおよそ五時間。さすがに少しは頭も冷えて、考えることができる。エステルさんは何も嫌味であんなことを言ったわけではないのだと。
 エステルさんはただ職務に徹しているだけだ。疑わしきは罰せよ、ではないけれど、少しでも可能性のある人物を見過ごすわけにはいかないのだろう。そう思うと、最初からいきなりこの二人だけに絞っているのは大胆なやり方だとも言える。まあもし二人とも外れだったとしてももう一度考え直せば済む話だし、その場合にはあの元悪魔が嘘を言った可能性についてもう一度考えることになるだろう。
 ちなみにくだんの運転手についてはエステルさんのほうで対処してくれるのだそうだ。どういう形でかは知らないけど何かしら言い含めるつもりなのだろう。義務に関することに限り、他の禁則事項については免除される。罪悪感を和らげるために現世の人間に声をかけたりしても減点対象にはならないというわけだ。
 そういうことに関しても俺はエステルさんにすっかり頼りっきりになってしまっている。今までエステルさんが一人で見回りをやっていたことだってそうだ。なのにちょっと嫌なことを言われたくらいであんな反応をしていたのではまるっきり子供ではないか。逆ギレ――とは言わないけど、それに近いものがある。