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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 喋るのをやめて暗がりの中でじっとしていると、やがて隣の部屋から話し声が聞こえてきた。祐二だ。どうやら誰かと電話をしているらしい。壁ごしなので何を言っているのかはっきりとは聞こえないけど、一つだけ分かったのは「待ってくれ」と何度も繰り返していること。
 もう少しで兄貴の死を乗り越えて元気になるから、それまで待ってくれ――なんて、そんな話をしているのだろうか? なんにせよ、心配して電話をしてくれる彼女やら友達やらが居るというのはいいことだ。どうやら悠二に関してはあまり心配する必要もないらしい。
「お前の声とよく似ているな。目をつむって聞けばどちらがどちらなのか分からなくなりそうだ」
 エステルさんが言った。いや、エステルさん「も」と言うべきか。俺と悠二の声が似ているというのは最近とくによく言われるようになった。それぞれ携帯を持っているから友達関係では問題ないのだけど、運悪く親戚からの電話に出てしまったりするとかなりの確率で間違われる。どういうわけかうちの親戚たちには俺が出ると悠二だと、悠二が出ると俺だと勘違いするというおかしな習性があるのだ。それはもう、わざとやってるんじゃないかと思うほどに。
 でも、そんなこともこれからはもうなくなる。むしろ悠二が電話に出るたびに親戚たちは俺のことを思い出して心を痛めるかもしれない。なんだかんだでいい人たちなのだ、みんな。
 俺がどれだけ温かい世界で生きていたか、なんだか変なところで実感してしまった。一粒だけあふれてしまった涙は、暗さのおかげでたぶんエステルさんには見つからなかったと思う。
 こんな体になっても涙はちゃんと出るんだなあ、なんて、そんなどうでもいいことが妙に嬉しかった。





 結論から言うと、俺たちの決意というか心づもりみたいなものは肩透かしに終わる。見回りなんてことをするまでもなく、次の朝、そいつは自分から俺たちの前にやってきて、まるで十年来の友人に話しかけるみたいな気安さで「よう」と声をかけてきたのだ。
 はじめ、エステルさんの知り合いか何かなのかと思ってしまった。だってエステルさんはなんだか戸惑ったような顔をしている。悪魔が自分から天使のところへやってきたということに面食らっている、だけではないような。
「オレはホセってんだ。一応、悪魔をやってる」
 白地のアロハシャツにジーパンというラフな服装でそいつは空中にぷかぷかと浮かんでいる。天敵と対峙しているというこの状況でまるで気負いを感じさせない。悪魔というのはみんなこうなのだろうか?
「自分から我々の前に姿を現すとはな。一体、何を考えて――」
「まあまあ、そんな顔すんなよ。肩の力抜けって」
 エステルさんの言葉を軽く受け流すかのように、そいつは欧米の人がやるみたいに肩をすくめてみせた。まあ実際こいつは白人のようだし、生前は欧米に住んでたのかもしれないけど。
「別にケンカを売りにきたってわけじゃねえんだ。たまたまお前達の姿が目に入ったから、せっかくだし挨拶でもしておこうかと思ってな」
 エステルさんは何も言わない。俺は俺で呆気にとられてしまってやっぱり何も言えなかった。
 気安く声をかけてきたこいつは、なにを考えるわけでもなく本当にただ声をかけただけなのだと言う。悪魔が、天使に。こんな状況、あっていいのだろうか。
 動かない俺たちを見て、そいつはやれやれといった様子で首を横にふった。
「だからそんなに硬くなんなって。なんでそんなに敵視すんのかねえ。オレたちはただ仲間を増やしたいだけだってのに。気の合う仲間をよお」
「ふざけるな。たったそれだけのために現世に干渉し、罪もない人々の命を奪うなどということが本当に許されるとでも思っているのか」
 エステルさんの言葉ではっと思い出す。そうだ、こいつは。
「罪もない人々、ねえ。今どきそんなのがどこに居るってんだ?」
 本当に俺が「罪もない人々」とやらだったのか。そんなことはどうでもいい。俺はこいつに訊かなきゃいけないことがある。
「――お前が俺を殺したのか?」
 出した声は、少しだけ震えていた。ホセと名乗った悪魔は「あん?」といぶかしげに俺を見る。
「この町の公園で起こったあの事件。あれはお前がやったのかと訊いてるんだ」
 そいつはしばらく俺の顔を凝視して、やがて「あー」と得心がいったようにぽんと手を打った。
「そっかそっか。どうりでなんだか見覚えがあるわけだ。なるほどねえ、お前、あんときの坊主かあ」
 肯定の返答。ぞわり、となにか得体の知れない感覚が俺の中を走り抜ける。
「そりゃあ気の毒だったなあ。でもまあ、お前にも責任がないわけじゃ――」
 そいつの言葉は途中で止まった。
 半ば、無意識だった。俺はありったけの力をこめて右腕を振り上げる。そして悪魔の顔面めがけていざそれを振り下ろそうというところで――
「よせ!」
 いつかのように、後ろからエステルさんに羽交い絞めにされた。
「なんで止めるんだよ! こいつは悪魔なんだ! 倒さなくちゃいけないんだろ?!」
 生きている間にはほとんど経験したことのなかった激しい感情が俺の中を駆け巡っている。もし俺が悪魔の犠牲者なのだとしてそれはそれでもういい――そんなふうに考えていた自分が信じられない。
「それはそうだが、お前のやろうとしていることは違う! 悪魔を撃退するというのは少なくとも殴り倒すことではない!」
 言い争う俺たち、そこへ悠然と視線を向けてくる悪魔の顔を見ているだけではらわたが煮えくり返る。こいつさえいなければあんなことは起こらなかった。俺は死なずにちゃんと生きていて、今頃は恋人としてさくらの隣を歩いているかもしれない。さくらが、幸せそうに笑ってくれていたかもしれないんだ。
 それを思うと、失ったはずの俺の体がどうしようもなく熱くなる。こいつのすまし顔に俺の拳を叩き込んでやらないと治まりがつかない。それはもう俺の中での決定事項だった。
 でも、エステルさんが発した次の一言が、すっかりオーバーヒートしてしまっていた俺の頭に冷や水を浴びせかける。
「それに、こいつは悪魔ではない」
「……え?」
 意味が分からなかった。たしかにこいつは自分で「悪魔だ」と名乗ったのに、悪魔ではない?
「悪魔という存在の定義は覚えているな?」
 暴れるのをやめて、エステルさんの言葉に耳を傾ける。
「魔法のかかった状態で封印を抜け出してきた地獄の住人。それが悪魔だ。だが、こいつからは魔法の気配が感じられない」
「そんな。じゃあこいつは……?」
 さっき、俺の問いかけをこいつは否定しなかった。だからあの事件を引き起こしたのは間違いなくこいつだ。でも今目の前にいるこいつは悪魔じゃなくて。なんだかもうわけがわからない。
「いいんだぜ?」
 ずっと黙ったままだった悪魔――いや、どうやら今はそうじゃないみたいだけど――がふいに口を開いた。
「二、三発くらいなら黙って受けてやる。ソーマのねえオレたちにとっちゃあそういう直接的なダメージは意味がねえんだが、それでも痛覚はちゃんとあるからな」