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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 幼馴染のそんな姿を目の当たりにして。告白の返事ももらえず、気持ちを行き場をなくして。無表情の仮面を貼り付けたあの顔の下でさくらは一体何を思っているのだろう。
 想像するのも嫌だけど、もし立場が逆だったとして。さくらの体が引き裂かれる瞬間を俺が目の当たりにしたとして、俺は正気でいられるのだろうか。たぶん無理だ。
 どうすればさくらを助けることができるのだろう。どれだけ考えてみてもアイデアらしきものはちっとも浮かんでこない。何をすればいいのか分からないまま、今日も一日が終わろうとしている。
 今日もおばさん、つまりさくらのお母さんが来るまで耕平はずっと根気よくさくらに話しかけ続けていた。さくらも完全に無視しているわけではなくてなにやら返事らしきものはしているようだけど、ずっと視線は事故現場に貼り付けたままで耕平を見ようともしない。毎日ずっとこうだ。それでもめげない耕平の根気には正直感心する。まあ俺としてはちょっと複雑な気持ちもなくはないのだけど。
 耕平が辞去したあと、さくらはいつも通りおばさんに連れられて帰っていった。どうやらおばさんは「さくらの気が済むようにさせてやろう」という結論に達しているようで、夕暮れになるまではこの公園に顔を見せたりはしない。他のさくらの家族にしても同じだ。
 一方でさくらにしても、どうやら公園で夜を明かすわけにはいかないというくらいの分別は働いているようで、日が暮れておばさんが連れ戻しに来るとわりと素直に帰っていく。内心で何を思っているのかはやっぱり分からないけど。
 いくら長い付き合いだと言っても、さすがに家までついていって私生活を覗いたりするわけにもいかない。だからさくらが帰ったあとは俺も自分の家へ行って、家族の様子を見ることにしている。
 時刻は午後7時を少し回ったところ。俺が家に着いたとき、みんなはちょうどダイニングで夕食をとっていた。親父、母さん、それから弟の祐二。会話はほとんどないけど、一応みんなそれぞれ箸を動かしている。
 親父。カッターシャツを着てるってことは、今日から仕事に復帰したんだろうか。職場の同僚たちからはどんなことを言われたんだろう。
 母さん。今夜のメニューは鳥のから揚げ。俺はもう居ないのに毎日俺の好物ばかり作ってるのは一体何故なんだ?
 祐二。いつもいつも生意気ばっか言ってたくせに、ずいぶんと暗い顔ばかりしてる。そんなんじゃダメだ。食卓を明るくするのはいつもお前の役目だっただろう?
 みんなそれぞれに俺の死を受け止めて、まだその影から抜け出せてはいないけどちゃんと生活している。もしみんなが何事もなかったかのようにけろりとしていたらそれはそれで寂しいけど、いつまでも落ち込んでいてほしいと思っているわけではもちろんない。早いうちに俺の死を乗り越えて、元通りの日常を取り戻して欲しい。
「現実的な話をするとだな」
 俺と並んで家族の姿を見つめながら、エステルさんが言う。
「それぞれが背負った責任の違い、だろう。父親が働かなければ一家が路頭に迷う。母親が家事をしなければ家が機能しない。ずっと落ち込んだまま何もしない、というわけにはいかないんだよ。大人ってやつはな」
「さくらと違って、と言いたいの?」
 ちょっとトゲのある言い方になってしまったけど、エステルさんは気にしたふうもなく答える。
「逆に言うと、さくらはああやって自分の殻に閉じこもって『いられる』立場だということだ。周囲は心配するだろうが、それで誰かが飢えたりするわけでもない。何もしなくてもいい、という状況がさくらにとってはマイナスに働いている」
 そういえば、葬儀の準備がやたらと慌しいのは遺族に故人のことばかりを考えさせないようにするためだ、という話を聞いたことがある。じっとしているよりも何かをしているほうが気が紛れる、ということだろう。
「夏休み中だということも災いしたな。平時であれば日がな一日公園でああしていれば警察が補導するだろうし、無理やりにでも登校させることで少しは改善が見込めたかもしれない」
 それで根本的な解決になったかどうかは分からないがな、と付け加えて、エステルさんは腕組みをする。なんだかんだでエステルさんはさくらのことを考えてくれている。本来ならさくらがどうなろうとエステルさんには関わりのないことだし、そもそもこの町へ来ているのだって単なる俺のワガママなのに。
 やがて夕食は終わって、親父はリビングへ、母さんはキッチンへ、悠二は自分の部屋へとはけていく。俺も自分の部屋へ行くことにした。
 部屋の主が居なくなったあとも俺の部屋はそのままにしてある。母さんが掃除してくれているようで、ホコリがたまったりもしていない。
 なんとなくの気分として、俺はベッドに身を投げ出す。もちろんベッドマットが俺の体を受け止めることはない。文字どおり半分ほどベッドに埋まりながら、俺は見慣れた天井を見つめる。その姿勢でぼんやりとさくらのことを考えていたところで、
「そういえば、言っておくことがある」
 ふいにエステルさんが口を開いた。俺は考え事をいったんやめて、なに、と返事をする。
「今日の見回りについてだ。進展はなかったと言ったが、実は少し気になることがあってな」
 なんだろう。エステルさんは何故かじっと俺の顔を見つめている。
「お前、あの事件のことをどう思っている?」
 あの事件、といえば一つしかない。俺の命を奪うことになった公園でのあれだろう。でも、事件? 事故ではなくて?
「どうって……まあ、ついてなかったな、とは思うけど」
 エステルさんは苦笑した。
「なんでお前はそう、いつも飄々としているんだ? なんだか生への執着が薄いようにも思えてくる」
「え」と思わず俺は声をもらした。生への執着が薄い? 自分ではまったくそんなつもりはなかったのだけど。
「お前のように前触れもなく突然命を奪われた者というのは、普通はまず自分の死を受け入れるところから始まる。それがなかなか難しくてな。早くて一週間、長ければ一ヶ月以上経ってもまだ受け入れられない者も居るほどだ」
「でも、俺の場合は短すぎた?」
 腕を組んだまま、エステルさんは「うーむ」と首をかしげる。
「短かった、というよりもむしろお前は現世に戻ってきた時点で自分の死を受け入れていたようだった。突然死にしては珍しい、というかほとんどあり得ないと言っていいほどの順応性だ。もともと自殺願望でもあったのか?」
 まさか。エステルさんだって本気でそんなことを思っているわけではないだろうから、わざわざ否定したりもせずに俺は小さく笑う。
「戻ってきたばかりのころは、自分が死んだことについてどうのこうのと思ってる余裕がなかったからね。そのせいかもしれない。死を受け入れるとかそういうのは、自分の葬式を見たりとかしているうちにいつの間にか出来てたんじゃないかな」
「事件については? トラックの運転手を憎いと思ったりはしないのか?」
 今度は俺が「うーん」と考え込む番だった。
 そりゃあ憎いか憎くないかで訊かれれば断然「憎い」と答える。でも今の今までそんなことを考えもしなかったということは、既に俺の中でそれはどうでもよくなっているということで――