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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 まるで壊れたロボットのように、祐二は何度も何度もコクコクと首を縦にふった。目に溜め込んでいた涙が数滴こぼれて宙を舞った。
「よし。いいか、忘れるなよ? 俺はずっとお前を見てる。約束を破ったらすぐにでもお前を殺しに来るからな」
 半ば泣きじゃくりながら祐二は首を縦にふり続ける。首の間接が外れてしまいやしないかと心配になるほどだ。
「じゃあな。――達者でいろよ」
 そう言って、俺はエステルさんに声をかけることもせずに外へ出る。この部屋に長居はしたくない。なんだかんだで実際のところ、弟を脅すのなんてあまりいい気分のするものじゃないのだ。
 夜空には相変わらずたくさんの星が瞬いている。俺は思い切り息を吸い込んで、大げさな身振りでもってゆっくりとそれを吐き出した。呼吸なんてしていない今の俺にとってこの動作は見せかけでしかないわけだけど、それでもやっぱりこうすると少し気持ちが落ち着く。
「あれだけでよかったのか?」
 背中からエステルさんの声が聞こえた。俺は夜空に顔を向けたまま答える。
「いいと思うよ。あいつは真面目で小心者だから、ああ言っとけば本当にちゃんと真っ当な生き方をすると思う。それでいつか――そうだな、十年後くらいにまたここへ来て『もう許してやる』みたいなことを言ってやればそれでいい」
 ほう、とエステルさんは感心したような声を出した。
「意外と考えているんだな。でもそれならば最後の一言は余計だったぞ」
 それはまあ確かにその通りなのだけど。ぽりぽりと頭を書きつつ、俺は夜空に向かって答える。
「あんなのでも俺の弟なんだ。それくらいは大目に見てよ」
 エステルさんは呆れたようにため息をついて、「このお人好しめが」と言った。





 町外れにある山のふもと。一面にシロツメクサが広がるそこで、俺は人知れず作業に勤しむ。
 立派な花をつけているシロツメクサを三本ほど選んで茎の根元から摘む。適当に見繕ってきた木の枝に巻きつけるようにしてそれを編んでいく。
「一体何をしてるんだ?」
 エステルさんが不思議がるのも無理はない。だって俺が何をしにここへ来たのか、まだ何一つ話していないのだから。
 ちなみに今俺がやっていることは「現世のものに触れてはいけない」という禁則事項に反しているわけだけど、エステルさんは何も言わなかった。持ち点はきっちり10点引かれることになるだろうけど。
「指輪だよ」
 俺は答えの一部分だけを言う。
「指輪?」
「そう。こうやってシロツメクサを編み合わせて指輪の形にするんだ。花がちょうど飾りみたいになってさ、ちゃちだけど意外とかわいいのが出来るんだよ?」
 エステルさんは俺の手元をじっと見つめて、しばらくしてからぽつりと言った。
「さくらとの思い出の品、というわけか。ここも思い出深い場所だったり?」
「まあね」
 言ってからもまだエステルさんは俺の手元から目を離さない。見ていてそんなに面白いんだろうか、なんて不思議に思っているとふいにエステルさんがぽつりと言った。
「うらやましいな」
「え?」と俺は思わず聞き返す。
「うやらましい、と言ったんだ。何がって、ここまで思ってくれる人の居るさくらがな」
 言って、エステルさんは遠くへと悲しげな視線を向ける。
「シロツメクサ、か。私の故郷にもあるのかな?」
 エステルさんの故郷。そういえばまだ聞いていなかった。
「どこだかは分かってるの?」
「ああ。スウェーデン、だそうだ。都市の名前も分かっている」
 エステルさんはその都市の名前も口にしたけど、ヨーロッパの地理なんてさっぱりな俺にはそれがどこなのかなんて分かるはずもなく。ましてやそこにシロツメクサが咲いているのかどうかなんて想像のしようがない。
 俺が困っているのを察したのだろう、エステルさんは思い直したようにこう言った。
「すまない、余計なことを言ったな。作業に集中してくれ」
 口では「うん」と答えつつも、俺は今の話しを忘れないでおこうと心に決めた。エステルさんの故郷は、スウェーデン。

 編み終わったそれを、深夜になってからさくらの部屋へ持って行った。
 俺が部屋に入ったとき、もうさくらは眠っていた。きっと疲れているのだろう、寝返り一つうたずに静かな寝息を立てている。
 祐二との一件のおかげで一つ分かったことがある。あの公園で、たぶんさくらは待っているんだ。告白の答えを。もう直接答えることができない俺は、この指輪がさくらをその答えへと導いてくれることを祈るばかりだ。
 寝ているさくらの髪をそっと撫でようとして――でもやっぱりやめておく。たぶんもう俺にはそんな権利なんてないんだ。
「おやすみ、さくら」
 届かない声と指輪だけを残して、俺はさくらの家を離れた。





 明くる日の朝。いつもの公園ではなくシロツメクサのところで待っていた俺たちの前にさくらは姿を現した。手にスコップを持って。
「健吾くん! 居るの? 居るなら返事をしてよ!」
 一度だけ大きな声でさくらは言った。それに答える声はもちろんなく、山の中でさくらの声はむなしくこだまする。
 しばらく立ち尽くしていたさくらだったけど、やがて思い直したように歩き始めた。きょろきょろしながら周りの木を見比べながら歩いて、すぐに一つの木の前で立ち止まる。そしておもむろにその根元をスコップで掘り始めた。
 目印はこの辺りで一番大きな木。たぶん今さくらが掘っているところで合っていると俺も思う。
「どういうことだ? あそこには一体なにが埋まっている?」
 たまりかねたという様子でエステルさんが聞いてくる。そろそろ全部白状してもいい頃合だろう。
「タイムカプセルっていうやつ。知ってる?」
 エステルさんは記憶をしぼり出すように首をひねって、
「ええっと……たしかビンのなかに手紙を入れて土の中に埋める、というやつだったか?」
「そうそう。それって普通は未来の自分への手紙なんだけどさ、俺たちはここにお互いへの手紙を書いて埋めたんだ。中学校を卒業したときだからわりと最近だけどね」
 その時のことを思い出してみる。たぶん、お互いに不安だったんだと思う。小さい頃からずっと当たり前のように一緒に居た俺たちだけど、いつか時間が二人を引き裂いてしまうんじゃないかって。中学時代が終わって、それまで仲の良かった友達の何人かとは離れ離れになって。高校を卒業するころには俺たちも離れ離れになってしまうんじゃないかって、ものすごく不安だったのを覚えている。
 でも、かといって無理に二人の関係を変えてしまうのも怖かった。二人の関係が変わることで今まで二人が積み重ねてきたものが一気に崩れ落ちてしまうのではないかと思うと怖くて身動きがとれなかった。
 今は伝える勇気がない、でもいつかは絶対に伝えたい。その想いを俺たちは手紙に書いてここへ埋めた。いつ空けるのか、はっきりとした時期は決めていない。相手の気持ちを受け入れる覚悟ができたときに二人で空けようと約束した。