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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 俺が死んだ日。あの日の告白はさくらにとってものすごく勇気のいる行動だったのだと思う。手紙に頼ることなく今の自分の気持ちを打ち明けるとさくらは決心してくれた。だからせめてそれに応えてあげたい。今の俺じゃなくて十五歳の俺で申し訳ないけど、ずっと俺の気持ちは変わっていないからそれでいいと思う。
 やがてさくらは二本のビンを掘り当てた。最初に取り出したほうのビンをさくらはじっと見て、やがてそれを脇にどけた。さくらが埋めたほうだったのだろう。
 もう一本のビンを持ち上げたとき、からんと音を立てて何かが中で転がった。あれ、というような顔をして、さくらはふたを開けるとビンを逆さにして上下に揺すった。その「何か」はからんと軽い音を立てながらさくらの手の中に落ちてきた。
「ゆび、わ?」
 さくらが呆然と呟いた。毎度毎度、同じ物で申し訳ないと思う。でもビンの中に入っていたそれはシロツメクサなんかじゃなくて本物の指輪だ。ちゃんとした宝石店じゃなくて露店とか雑貨屋においてあるようなアクセサリーだけど、長い間悩みに悩んで一番さくらに似合うものを選んだつもりだ。結局はこれが最初で最後のプレゼントになってしまった。
 さくらは震える指で手紙を取り出して、ゆっくりと広げた。
「何を書いたのか、覚えているのか?」
 エステルさんが言う。もちろん覚えている。一字一句漏らさずに、全部だ。



 未来のさくらへ

 何歳のさくらか知らないけど、こんにちは。十五歳の健悟です。元気にしていますか。さくらはドジだからどこかで事故にあったりしていないか心配です。
 未来の俺はどうしていますか? ちゃんと側でさくらを守っていますか? そうだと嬉しいのだけど、もしそうじゃなかったらごめんなさい。未来の俺の代わりに謝っておきます。
 正直に言って、今の俺は不安です。たぶん十五歳のさくらも不安だったんじゃないかと思います。今までは一緒に居るのが当たり前だったけど、いつまでそれが続くかは分かりません。今の俺たちはただの幼馴染なんですから。
 未来のさくらにとって、未来の俺はどんな存在ですか? 夫婦? 恋人? 今と変わらずただの幼馴染? それともずっと離れ離れになっていて、もう他人になっちゃった? もしそうだったらすごく悲しいな。そうならないように今から頑張りたいと思います。
 先のことは何も分からないけど、一つだけ自信を持って言えることがあります。俺はさくらが大好きです。世界で一番、誰よりも愛しています。さくらのためなら命をかけてもいいです。もしさくらの隣に俺が居なくて、一人で寂しかったりしたら思い出して下さい。それくらいさくらのこそを好きになった男がいるってことを。
 指輪、ちゃんとしたやつじゃなくてごめんなさい。でも未来の俺がさくらの側にいるなら、きっといつかプレゼントするはずです。申し訳ないけどそれまで待ってあげてください。
 俺が今さくらに伝えたいのはそれだけです。本当は口で伝えたいのだけど、勇気が出なくてごめんなさい。それもいつかちゃんとやるつもりなのでそれまで待ってください。待たせてばっかりで本当にごめんなさい。
 では。
 どうか、さくらが幸せでありますように。



 読み終わって、さくらは手の中にある指輪を一度じっと見つめてから、それを左手の薬指にはめた。そして右手でぎゅっとそれを包み込んだ。
「健吾くん……ケンちゃん……」
 小さくそう呟いてから、やがてせきを切ったようにさくらは子供みたいな泣き声を上げはめた。その声はどんどん大きくなっていく。ほとんど叫ぶようにして、張り裂けるような声を上げながらさくらは涙を流し続けた。
「さくら……」
 聞こえない声でその名前を呼んで、俺はさくらの側に降り立つ。
 さくらはまるで今まで泣けなかったぶんを取り戻すかのように激しく泣き叫んでいる。触れることはできないけど、俺は両手でそっとさくらの肩を包み込んだ。
「ごめん、さくら。側にいてあげられなくて、ごめん……」
 さくらにも聞こえるように言ってあげたいけど、ここは耐えなくてはいけない。
 たぶん、これはさくらにとって俺の死を受け入れるための第一歩。さくらはここから前へ向かって歩き始めるんだ。





「いままでありがとう、耕平くん」
 さくらの声が聞こえて、ほっと安堵のため息をつく。
 ひとしきり泣いた後、さくらがどこへ向かったかと言うとあの公園だった。まさか同じことの繰り返しなのかと心配したけど、そうじゃなかったみたいだ。どうやら耕平を待っていたらしい。
「もう大丈夫――なわけないけど、一日中ここに居るのはやめにする。まだ少しずつだけど、これからのことを考えてみようと思うの」
 急に態度を変えたさくらに耕平は面食らっていたようだけど、やがてふっと笑って「そうか」と言った。
 これからは耕平がさくらの側にいることになるのだろうか。そうだといいと思う。さくらが立ち直るまで支えてやってほしい。恋人になるだとかそのへんはまだずっと先の話だ。
 さくらが自分の足で帰っていくのを見届けてから、エステルさんが口を開いた。
「お前はこれからどうするんだ? ずっとここでさくらを見守るのか?」
 少し考えて、俺は首を横にふった。
「ここからは現世の人たちに任せておくべきだと思う。もう俺にできることは残ってないよ」
 言ってから、俺はエステルさんを見る。なんだかんだでいつも俺をフォローしてくれる優しいパートナーを見る。
「それよりさ、俺外国に行ってみたいんだ」
「外国?」
「うん。それもうんと遠く。例えば北欧とかさ」
 少し目を丸くしたのを見ると、どうやらエステルさんは俺の言いたいことがすぐに分かったららしい。さがてふっと表情を緩めた。
「まったく。お前というやつはつくづく――」
「お人好しってんならエステルさんもかなりのものだと思うよ?」
「む……」とエステルさんは唸った。この手のやりとりでこの人をやり込めることが出来たのはひょっとすると初めてかもしれない。

 俺は天使。大好きな女の子を救うことができたかどうかはまだ分からないけど、なんだかこの呼び名もちょっとずつ好きになっている気がする。