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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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「彼が何を思って電話に出ているのかは分からない。純粋にさくらのことを思って、という可能性もあるにはある。でもそれらしい兆候が今のところ見当たらないさくらや耕平に比べれば明らかに怪しいとは思わないか?」
 わざわざ頷くまでもなかった。
 やがて俺たちはたどり着く。俺が生まれ育った我が家へと。

 そういえばこの部屋に入るのは久しぶりだ、と気付いたのは実際に中へ入ってみてからのことだ。俺とは違ってインドア派である祐二の部屋は細々したもので埋め尽くされている。ほとんどがぱっと見ただけでは何に使うのか分からないようなものばかりだ。
 俺たちが部屋に入ったちょうどその時、携帯が鳴った。着信音は少し前に流行った「SAKURA」という曲。ほとんどシャレで選んだ、さくらから俺にかかってきた時に鳴るよう設定してある曲だ。
 ベッドに腰かけた祐二はなんだか怯えたような視線を携帯に向けるだけで出ようとはしない。それでも着信音は鳴り止まない。祐二は「うう」と唸りつつ耳を塞いだ。
「もうやめてよ。お願いだからやめてくれよ、さくらちゃん……」
 祐二が出したその声は情けなく震えていた。そのうちに着信音は鳴り止んだけど、祐二はその姿勢のまま動こうとしない。
「僕だってこんなつもりじゃなかったんだ。こんなことを望んでたわけじゃないんだ。ただちょっと、兄貴みたいにさくらちゃんと仲良くなりたいって思ってただけで……だからもう許してよ。謝るからさあ」
 どうやら祐二の耳にはあの着信音が自分を責めているように聞こえるらしい。かわいそうなくらい怯えきっている。
「どうやら間違いないようだな。お前、弟がさくらに懸想していると知っていたのか?」
「いや、まったく気付かなかったよ」
 そう答えた俺の声は思ったよりも落ち着いていた。みじめな弟の姿を見ながら俺は言葉を続ける。
「で、どうすればいいの? どうすればこいつを救ってやれる?」
 エステルさんは少し考えるような仕草をしたあと、こう言った。
「任せるよ。お前の思うようにやってみろ」
「……いいの?」
「今回の場合、私が何かするよりも直接お前がやったほうが効果的だろう」
 確かにそうかも知れない。俺は改めて祐二を見る。さすがにもう耳は塞いでいないけど、哀れな我が弟はベッドの上で膝をかかえたまま動こうともしない。
 もう一度、久しぶりに入るこの部屋をぐるりと見渡してみる。部屋を埋め尽くしている雑多なものの他で目につくものといえば二つの携帯電話だ。一つは勉強机の上にある俺の携帯。もう一つはベッドの上にある祐二のもの。これを使うことにした。
「今は禁則事項に引っかかることをやっても減点されないんだよね。エステルさん、ものに触れるのってどうやったら出来る?」
「集中して『触りたい』と念じればいい。何かを持ち上げたりするにはかなりの気力がいるが、ただ触れるだけならばそう難しくはないはずだ」
 エステルさんは迷いなく答えてくれる。俺は生前に愛用していた携帯のところへ行って、言われたとおりにやってみた。
 都合のいいことに俺の携帯は開いた状態のまま置いてある。エステルさんの言うとおり、ボタンを押すだけならいとも簡単にやれた。現世の人から見れば携帯電話がひとりでに動くという怪現象が今まさに起こっているわけだけど、膝を抱えてうずくまっている祐二は気付かない。
 祐二の携帯が鳴った。友達か誰かからかかってきたと思ったのだろう、祐二は少しほっとした顔をする。でもディスプレイに表示された発信者の名前を見たとたん、それは一瞬にして凍りついた。
「え……え?」
 勉強机の上にある亡き兄の携帯と、手元にある自分の携帯。その二つを見比べるようにせわしなく視線を動かしたあと、ようやく祐二は状況を理解したようだ。
「うわ、うわああああああああっ!」
 叫びつつ、まずはベッドの上でのけぞって携帯から距離をとる。そのままずり落ちるようにしてベッドから降りて、足をもつれさせながらドアへと向かった。
 それを追ってエステルさんが素早く動いた。もたもたと動く祐二をすんなりと追い越してドアへ先回りする。ようやくにして祐二がドアノブに取り付いたとき、そのドアはもうエステルさんによってドアをがっちりと押さえ込まれてしまっていた。
「なんで……なんでだよ」
 なかば絶望したような顔で祐二は何度も何度もドアノブを回すけど、ドアは一向に開かない。ついに祐二はその場にへたり込んでしまった。
 俺は電話を切る。着信音が途切れたことに気付いた祐二がふっと顔を上げた瞬間、言った。
「出ろよな、お前」
 本当に驚いた時、人間というのは声も出せないものらしい。祐二は「ひゅうっ」とのどを引きつらせただけで悲鳴を上げることすら出来なかった。
 次の言葉を口にしようとしたときだ。コンコン、と外から部屋のドアがノックされた。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
 母さんだ。祐二が騒ぎすぎたせいでどうやら気付かれてしまったらしい。
「なんでもないと言え」
 俺が言っても祐二はびくりと体を震わせるだけで動かない。さらに重ねて言った。
「そうだな……ちょっと虫が出ただけだ、とでも言うんだ。俺の声はお前にしか聞こえない。本当のことを言っても変に思われるだけだぞ?」
 それでも祐二に動く気配はない。仕方ないので俺はさらに背中を押した。
「言わないならお前もあの世に連れて行くぞ」
 ついに絶望の淵に叩き落されたという顔をしながら、それでもようやく祐二は言われた通りにした。感心なことに本当になんでもないような声を作って。たぶんそれでも母さんは完璧には納得しなかっただろうけど、一応「そう」と言って一階へ降りていった。
 その足音が聞こえなくなるのを待ってから、俺はもう一度口を開く。
「せっかくお兄様があの世から戻ってきてやったってのに失礼なやつだな。何か言ったらどうなんだ?」
 そんなことを言ってみても祐二には返事なんてできるはずもなく。ただ情けなくガタガタと震えているだけだ。そんな場合じゃないけど、いつもいつも生意気ばかり言っていたこいつのこんな姿を見るのはちょっとだけいい気味だ。
「そういえばさあ、俺、知らなかったよ。お前、さくらに惚れてたんだな」
 我ながらなんと白々しい演技だろう。そういえば、なんて言いつつ実はこれこそが本題だったりするのだ。
「それはそれでいいんだけどさ。ぜんぜん悪いことじゃないんだけどさ。実の兄のことを邪魔だとか思うなよ。お前が変なことを望んだりするから俺があんな目にあっちまったんだぞ。どうしてくれるんだ?」
 普通に考えて、俺が口にしている内容はほとんど言いがかりに近い。でも今の祐二にはそんな理性を働らかせる余裕なんてないわけで、ただ黙って俺の声を聞いている。さっきみたいに耳を塞いだりしないのはやっぱり俺に対しての罪悪感があるからだろうか。
「つっても、ここでお前をどうにかしても俺が生き返るわけじゃない。だから特別に今は許してやる。その代わり二度とさくらには近付くな。それで真っ当に行きろ。これ以上後ろめたいものは絶対に持つな。分かったか? 分かったら返事をするんだ。出来ないんだったらせめて頷いてみせろ」