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天使がやっちゃいけない6ヶ条

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 思わず声を出してしまった。
 耕平が手に取ったそれが何だったかって、写真だ。さくらが写っている。しかも水着姿。さくらの髪型が今とは違うのでたぶん去年のものだろう。
 一緒に遊びに行ったりする仲なのだから、こいつがこんな写真を持っていること自体はおかしくもなんともない。好きな女の子の水着姿が映っている写真を隠し持っているというのもまあ、同じく健全な男子である俺から見れば理解の範疇だ。女の子が見たらきっと「キモい」と言われるだろうけど。
 じゃあ何が問題かって、今から耕平が何をするのかだ。漫画本の間に挟んで後生大事に隠し持っているこの写真を出してきてすることと言えば一つしかない。
 ――嫌だ。いくらなんでもそんなのは見たくない。
 残念ながら俺の予想は見事に当たってしまった。耕平がおもむろにズボンを下ろしはじめたので俺は慌てて後ろを向く。部屋から出てしまいたい。でもこういう時にこそ人の本性が現れるのではという気もする。ああ、でもこのままここに居たのでは俺の何か大事なものが失われるような気が――
 男の性について俺が真剣に頭を悩ませているとき、ふと声が聞こえた。
「……くそっ」
 忌々しげな呟き。恐る恐る視線を向けてみると、耕平はまだズボンを下ろしたままだった。慌ててまた後ろを向く。
「なんで死んだんだよ、健悟……」
 確かにそう聞こえた。続けて衣擦れの音、それからばさりと倒れこむような音。振り向いてみると耕平はもうズボンを上げてベッドで仰向けになっていた。さくらの写真はベッドの上で無造作に投げ出されている。
 耕平がどの程度「もつ」のかについてはもちろん知らないけど、さすがにもう終わったなんてことはないだろう。たぶん、勃たなかったんだ。
 しばらくしてから、耕平は写真を元に戻して音楽と部屋の明かりを消した。まだ十時にもなっていないのにもう寝るつもりらしい。これで耕平の一日は終わりというわけだ。
 現世の人間には見えない体だとはいえ、いつまでも他人の家に居るのは気が引ける。俺は屋根の上に出た。こういうとき、いちいち玄関から出入りしなくていい体というのは便利だ。ほこりまみれの屋根裏を通るときがちょっと嫌だけど。
 そうして見上げた夜空には雲がほとんどなくて、たくさんの星が瞬いていた。それを仰ぎ見ながらふと思う。そういえば「死ぬとお星さまになる」という話は一体どこから来ているのだろう。実際に死んでみても星はこうして遥か頭上にあるというのに。
 何故柄にもなく俺がそんなことを思い出すのかというと、さくらからそういうメルヘンチックな話をしつこいくらいに聞かされたからだ。とくに織姫と彦星の話なんて何度聞かされたか分からない。
 ――しってる、ケンちゃん? こいびとのおりひめさんとひこぼしさんは、ねんにいちど、たなばたのときだけあえるんだよ。
 ――そっか。じゃあしんだらおれがひこぼしでさくらがおりひめになるのかな?
 ――やだよ。わたし、いちねんじゅうずっとケンちゃんといっしょにいる。
 そんなこっぱずかしいやり取りがあったような。さりげなく俺はさくらの恋人気取り。さくらもそれをすんなりと受け入れていて。思えばあの頃が一番お互いの気持ちに素直だったのかもしれない。
 今となっては年に一度どころかもう二度と会えなくなってしまった俺たちだけど、思い出だけはちゃんと色あせずに残っている。さくらもそうであってくれると嬉しいのだけど、かといって一生ずっと俺のことを引きずったままというのも困る。さくらが誰か他の男と付き合うことになったら俺はやっぱり複雑な気分になるだろうけど、それでも祝福はしようと思う。
 とにかく、だ。今は一人で勝手に甘酸っぱくなってる場合ではない。考えるべきはさっきの耕平についてだ。
 なにがどうなったのかは想像するまでもない。さくらの写真をつかって自慰をしようとしたけど、俺のことを思い出してしまって出来なかったという顛末だろう。
 何故そうなったのか。単にあんな事件があったあとで気が引けたのか、それとも密かに望んでいたとおりに俺が死んでしまったからなのか。どっちにしたってあの様子ではさくらに手を出すなんてことは出来そうもない。ちょっと安心したというか、何というか。
 とりあえず今日一日だけではなんとも判断のしようがない。どうやら時間をかけてじっくりと観察していくしかなさそうだ――なんて考えていたところで。
「……健悟!」
 なにやら慌てたようなエステルさんの声が聞こえた。見れば、たしかになんだか急いでこちらへ飛んでくるエステルさんの姿がある。
 どうしたの、と俺が訊くよりも早く、エステルさんはこう言った。
「誰がお前の死を望んでいたのか、分かったかもしれない」





「さくらはずっと電話をしていたんだ」
 向かう途中、エステルさんは順を追って説明してくれた。
「家に帰って、自分の部屋に引っ込んだあとの話だ。さくらはずっと携帯電話からどこかに電話をかけていた。でも呼び出すばっかりでなかなか繋がらない様子でな。一体どこにかけているのだろうと思ってディスプレイを覗いてみたんだ」
 どこにかけていたのかは簡単に予想がついた。エステルさんも承知しているようで、一度頷いて見せてから話を続ける。
「そう。お前の携帯電話だよ。どうやら事故の時には壊れなかったみたいだな。まだ解約もしていないらしい」
 呼び出し音が鳴るということはつまりそういうことになる。解約しないでおいてあるのはあえてそうしているのか、ただ忘れているだけなのか。
「どっちにしたって繋がるはずはないんだ。お前はここに居るんだからな。でも、そこで奇妙なことが起こった」
 たぶんエステルさんは俺があまり驚いたりしないよう、わざと先が予想できるような話し方をしているのだろう。
「何度も何度もかけ直しているうちにな、繋がったんだよ。お前の携帯電話に、だ。一体誰が出たのかと気になって、悪いとは思ったが耳を寄せて盗み聞きさせてもらった」
 さくらと顔を寄せ合って電話の声を盗み聞くエステルさん。想像してみるとなんだか凄い絵面だ。今はそんなことを考えている場合じゃないのだけど。
「さくらは『告白の答えを聞かせて』と言った。電話の向こうの誰かは『待ってくれ』と答えたよ。お前とそっくりな声でな。その声の主が誰なのか、私には心当たりがあった」
 なんとなく分かってきた。心当たりなら俺にもある。だって昨日の夜、俺はエステルさんと一緒にその声を聞いたのだから。
「少し違う話をするが――誰かの死を望むというような鬱屈した感情を持つのは大抵その『誰か』と親しい人間だ。だから私はさくらと耕平を真っ先に疑った。でも実を言えばもう一つ、そういった人間にありがちな条件というのがあってな。『対象となる人物と正面きって対立することが出来ない立場の人間』というやつだ」
 俺が想像しているあいつならば、それらの条件が見事なほど当てはまる。エステルさんもそのことに気付いたからこそ慌てて俺を呼びにきたのだろう。