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「ドア、閉めて」
「え? あ、ああ」
 言われるがまま、ろくに考えもせずに後ろ手でドアを閉める。閉めてから、これで完全な密閉空間になってしまった――と、爽太が気付いた次の瞬間。
 愛華が、爽太の胸に飛び込んできた。
「え……ちょ、愛華ちゃん?」
 何かあるとは思っていたが、さすがにこれは予想外だ。すっかり混乱してしまって、爽太の口からはろくに言葉が出てこない。
「爽太くん。私の気持ち、あれからずっと変わってないからね?」
 爽太の胸に頬をすり寄せながら、甘えるような声で愛華はささやく。
「ねえ、私じゃダメ? 私だって爽太くんのこと、今までずっと想ってきたんだよ? 知ってるよね?」
 その言葉に、いつかの出来事が爽太の脳裏に蘇る。
 まだ自分達が出会って一年も経っていない頃。一年生の冬、クリスマス・イヴの日。爽太はこの愛華に「好きだ」と言われた。
 その頃、爽太は奈央への想いを自覚し始めていた時期で。ごめんと言って、愛華に奈央への想いを説明した。自分の口から本音を語ったのは後にも先にもあの一度だけだ。
 それでも「諦めない」と愛華は言って、もちろん爽太に「迷惑だ」なんて言えるはずもなく。なんとも微妙な関係を維持したままここまで来てしまった。
「私ね、奈央とは違うよ? 他の人なんて見たりしない。ずっと爽太くんだけを見てあげる」
 す、と愛華が顔を上げた。ほんのりと赤く染まった柔らかそうな頬。上目遣いで見つめてくる瞳が近い。
「爽太くんが望むんだったら、どんなことでもしてあげる。ちょっと恥ずかしいけど、爽太くんだったら嫌じゃないから」
 愛華の細い指が爽太の胸をするりと這って、思わずその感触にぞくりとしてしまう。
 胸の中にある小さくて温かな体。押し当てられる柔らかな感触を急激に意識してしまう。
「爽太くん……」
 うっとりと。ひどく甘い声でささやいて、愛華は目を閉じた。
 鼓動が早い。
 胸の中に居るこの女の子を奪ってしまいたい。自分のものにしてしまいたい。
 衝動が爽太を支配する。
 でも。
 ――ダメだ。俺はやっぱり。
 唇をおもいきり噛み締めて。
 愛華の細い肩に手をやって、そっと押し返した。
「あ……」
 引き離された瞬間、愛華の口から声がもれた。失意、いや絶望? 直視できなくて、爽太は顔を俯ける。
「ごめん」
 と、それだけ言った。
 しばらくお互い無言のまま時間が過ぎて、やがてぽつりと愛華が言った。
「やっぱりダメ、かぁ」
 自嘲するような声。爽太は何も言えない。
「ねえ爽太くん。そんなに奈央ちゃんのことが好きなんだったらそのままじゃダメだよ。爽太くんから言ってあげて。今ならきっとあの子も断らないよ?」
 下を向いたまま、爽太は小さく首を振った。
「諦めるって一度は決めちゃったから。俺って不器用だからさ、そう簡単に気持ちを入れ替えることなんてできないんだ」
「そっか。なんとなく分かるよ、その気持ち」
 ふっと軽い口調に戻って愛華が言う。
「爽太くんは不器用なんかじゃない。きっと強すぎたんだよ」
「強くなんかないさ。人よりちょっとだけ演技がうまかったっていうだけの話しだ」
 強いというならば、最後まで諦めなかった愛華のほうがよっぽど強い。自分はただ届かない想いの昇華を和真にやってもらおうと思っただけだ。奈央の幸せを願って、とかそんな綺麗なことではない。
「あ……れ?」
 戸惑ったような愛華の声に顔を上げると、その瞳から涙がぽろぽろと溢れていた。
「やだ。爽太くんの前では泣かないって決めてたのに」
 愛華は零れ落ちてくるものを必死に拭う。
 傷つけた。そのことを改めて実感する。自分はこの子の一途な想いを拒絶して、深い深い、もしかしたら一生治らないかもしれない傷を負わせてしまったのだ。
「愛華ちゃん、ごめ――」
「謝らないで!」
 しゃくり上げながら、愛華はするどい声で言う。
「お願いだから謝らないで。私、爽太くんのことを好きになってよかったって、そう思ったから泣いてるの。だから……」
 一度言葉をきって、愛華はぐすっと鼻をならした。
「私、もう帰るね? 明日の朝――には無理かもしれないけど、きっとすぐにいつもの私に戻るから。心配しなくていいよ」
 それじゃ、と言い残して愛華は部屋を駆け出していく。
 追いかけることなんで出来るわけがない。部屋の外へと消えていった愛華の後姿を目に焼き付けながら、爽太は大きく息を吐き出して頭に手をやる。
 ――俺、一体なにがしたいんだろう?





 翌朝、朝食の時間。
 奈央は昨日と同じように部屋のベッドの上で膝を抱え、食堂に行くべきかどうか悩んでいた。
 朝食に顔を出せば否応なしにみんなと顔を合わせることになる。本音を言えば今は気まずくて顔を合わせたくないのだが、かといっていつまでも逃げていていいわけはない。このまま四人の関係が壊れてしまうようなことだけは絶対に避けたい。
 ふと、携帯の着信音が鳴った。メールが届いたようだ。チェックしてみると、送信者は和真だった。
『朝メシ食わねえのか? 爽太のやつは今日も朝練に行っちまってるわ、愛華ちゃんまで出てこないわで寂しいんだけど』
 思わずくすりと笑ってしまう。昨日フラれたばかりだというのに変な話だが、今の奈央にとって三人の中で一番気軽に話せるのはこの和真なのかも知れない。
『行ってもいいけど』
 返信の画面でそこまで入力してから、ふと思うところがあってこう書き加える。
『メールでいいから、ちょっと真面目なコト話してもいい?』
 送信。一分と待たずに返信がある。文面は『なんだ?』だけ。
『昨日のことなんだけどさ。和真もやっぱり私のこと、勝手な女だと思った?』
 何か絵文字をつけようかとも思ったが、そうするとおどけて見えてしまいそうだったのでやめておいた。
 今度もあまり間を置かずに返信が届く。
『俺は特になんとも思わなかったけど。つーか、俺が言うのもなんだけど、お前が爽太と付き合うんだったらむしろ歓迎したい気持ちだな。愛華ちゃんがなんであんなに怒ったのか正直よく分からねえ』
 和真が「分からねえ」と言った部分に関して、奈央は何となく見当がついている。今まで全く気付かなかったけど、多分愛華は爽太のことが好きなのだ。その立場からするとあの台詞が許せなかったというのもよく分かる。
『私、今夜にでも愛華と話してみようと思う。このまま私たちの関係が壊れちゃうのは嫌だってあの子も思ってるはずだから』
 返信が来るまでにちょっと間があいた。何か思うところがあったのか、それとも単に食器の後片付けでもしていたのか。
『それがいいと思う。俺も爽太とちょっと話でもしてみようかね』
 その文面で奈央はふと思い出した。
『そういえばあんたら、あれからちゃんと仲直りしてないのよね。私は私で頑張るから、あんたもちゃんとやりなさいよ』
 次の返信で和真は「分かってる」と言ってから、「学校には行かないのか」と訊いてきた。少し考えてから、奈央は「行く」と伝える。部屋に篭っていたって何もいいことなんてない。
 どうせ爽太は今日も部室だろうけど、それでいい。爽太と話をするのはいろんなことを終わらせてからだ。




作品名:ベクトル 作家名:terry26