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ぼくのせかい

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 鏡花の声に取り合う者は誰も居ない。男達はいっせいに動く。足がすくんでしまったのか、女達はろくに逃げることもできない。あっという間に全員が組み敷かれる。
「嘘でしょ。なんで、なんでこんな……」
 女達の悲鳴。男達の獣じみた笑い声。
 信じられない。一体なんなのだ、これは。みんなついさっきまで同じ教室で勉強したりおしゃべりしたりしていたではないか。それが一体何故こんなことになるのだ。
「やめなさい! お願いだからやめて!」
 鏡花は男の一人に飛びついて女から引き剥がそうとする。が、やはり力では男にかなうはずもなく、腕一本で振り払われてしまう。
 押し返された勢いで、鏡花は情けない声をあげて尻餅をついてしまう。見下ろすような達臣の視線がそこへ注がれた。
「鏡花。お前処女だろ? 後学のために見とけよ。これが男の本性ってやつなんだ」
 鏡花はほとんど聞いていなかった。元凶となったのは間違いなくこの達臣だが、今はこいつに構っている場合じゃない。目の前の事態をなんとかすることが先決だ。そして、この場に居る人間でそれが出来るのはただ一人。この橘鏡花しか居ない。
 立ち上がって、鏡花は矢を弓につがえた。「へえ」と達臣が意外そうな声を出す。
「お前に出来るのかよ? 俺は知ってるぞ。お前はなんだかんだで弱い女だ。人を傷つけるなんて出来やしねえ」
 うるさい。出来るに決まっている。だってやらなければもっと酷いことになるのだから。
 こうなっては「直接当てずに怯ませるだけ」なんて生易しいことは言っていられない。よっぽどのことをしなければこの事態は止まらない。でも致命傷だけは避けなくては。
 七海を襲っている男の一人に狙いをつける。どうやら七海のことで頭がいっぱいになっているようで、鏡花のほうには気付いていない。
 腕だ。狙うのは男の腕。
 おあつらえ向きに、鏡花の視線の先に居る男が腕を振り上げた。いつまでも大人しくならない七海にじれて顔を殴ろうとでもしたのだろう。
 余計な考えが入り込んでくる前に鏡花は指を離した。目にも留まらぬ速度で矢は一直線で飛んで――
「え?」
 そして、予期しなかったことが起きた。男の腕を貫くだけに留まるはずだった矢が、いとも簡単に男の腕を引き千切ったのだ。
 男の腕が宙を舞って血しぶきが降り注ぐ。
 サイレンのような悲鳴が響き渡った。



※ 蒼士 悠馬

「血の臭いがする」
 いきなり悠馬が言った。「え?」と啓太は戸惑ったように声を上げてから、
「どういうこと? 誰かがこけて怪我をしたとか?」
「そんな生易しいモンじゃない。多分誰かと誰かが殺し合ってる」
 とたんに啓太が慌てた。
「と、止めに行かなくちゃ! どっち? 蒼士くん、臭いはどっちから?!」
「落ち着け。俺たち自身に危険が迫ってるわけじゃない」
「そうれはそうだけど……で、でも!」
 啓太は焦れたようにまくしたてる。
「まさか蒼士くん、ほっとくとか言わないよね? クラスメイトなんだよ? 争ってるのは僕たちのよく知ってるクラスメイト同士なんだよ?」
 悠馬は何も言わず、ただじっと遠くを見ていた。



※ 藤井 義人

「待って!」
 先を急いでいた沙雪が突然足を止めた。
「どうかした?」
 荒い息をつきながら義人が声をかける。沙雪はなにやら深刻な面持ちで考え込んでいる様子だ。
「……ごめん。道、間違えたかも」
「え」と思わず声を出してしまう。もちろん沙雪を責めるつもりなんて毛頭ないのだけど。
「どうしよう。沙雪ちゃん、どっちに行けばいいか分かる?」
 沙雪はしばらく考えたあと、自信無さげに「あっち、かな?」とある方向を指差した。何を根拠に言ってるのかは知らないし、そもそもどうやって「道を間違えた」と気付いたのかも分からない。でも義人のほうは方向なんてまったく分からないので結局は沙雪を信じるしかないのだけど。
「僕にも橘さんみたいな力があればよかったのになあ」
 あの時言われたことを信じるならば、武具を与えられた四人にはそれと一緒にそれぞれ何かしらの力が与えられているはずだ。それでいくと義人にも何か特別な力が備わっていないとおかしいのだが、今のところそんなものは感じられない。
「言ってもしょうがないよ。急ごう?」
 沙雪が手を差し出してくる。
 そうだ。そんな不確かなものに頼るよりも沙雪を信じることのほうがずっといい。少なくとも義人にとっては。
 義人はまた走り出す。沙雪に導かれながら。



※ 鈴川 達臣

「……はは」
 やった。達臣は心の中で快哉を叫ぶ。
 これは脚本になかった。急いで書き換えないといけない。達臣にとってより都合のいいものへと。
 達臣にとって言わば鏡花は最終目標のようなものだった。徐々に追い詰めていって、逃げ場の無い状況を作り上げてからモノにする。そのつもりで計画を立てていた。
 それがどうだろう。達臣は鏡花の姿に目を向ける。放心したような目。矢を放った姿勢もそのままに立ち尽くしている。意図せず他人に取り返しのつかない傷を負わせてしまったショックに打ちひしがれているのだろう。
 たしかに鏡花は生意気でなかなか言うことを聞かない女だが、しょせんは進学校に通う育ちのいい女子高生だ。こんなことに耐性があるわけがない。
 どうやって鏡花を追い詰めるか。そこが一番の悩みどころだったのに、どうやら労せずしてそれが叶ってしまったようだ。こうなってしまえば後は簡単。やり方さえ間違わなければすぐにでも落ちる。
 腕を吹き飛ばされた男はと言えば、気が狂ったかのようにわけの分からないことを叫び続けている。うるさい。達臣は男のところへ歩いていって、思い切り顔面を殴りつけた。
 ぐちゃり。
「……は?」
 予期せぬことがまた起こった。ただ殴りつけただけなのに、男の頭はまるで柔らかい果実のようにはじけ飛んでしまったのだ。粉々になった男の頭蓋は方々に飛び散ってべちゃべちゃと地面を汚す。
 首から上を失って地面にうずくまる男の体。なんともなしにそれを眺めていたら、三度予想し得なかったことが起きた。まるで立ち昇る霧のように、男の体が光の粒となって宙に溶け始めたのだ。
 背中側からゆっくりとほどけていくように体が消えていく。金色の光がきらきらと宙を舞う。ダイアモンドダスト。テレビでしか見たことが無いそれを達臣は思い出していた。
 やがて男の体は跡形もなく消滅した。気付けば地面に飛び散った血や肉片もいつの間にか消え去っている。汚らしく達臣の手にこびりついている残骸と、七海が浴びた血や肉片だけが男の存在した証だ。
「すげえ。この世界じゃあ死んだら誰でもこうなるのか?」
 達臣は腹をすかせた肉食獣みたいな目で辺りを見回す。腹を満たすための獲物はたくさん居る。しかも放心したようにこちらを見ているだけで誰一人として逃げようとすらしていない。まさによりどりみどりだ。
 一人の女のところへ歩いていく。達臣が目の前に来てからようやくその女は怯えた声をあげて後ずさったが、もう遅い。
 達臣が腕を振るう。女の頭がはじけ飛ぶ。女の体が光になって消えていく。金色のダイアモンドダスト。
「はは。なんだよ、死んだほうが綺麗じゃねえか、お前」
作品名:ぼくのせかい 作家名:terry26