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ぼくのせかい

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「どうって、何が? 鈴川くんを倒した方法のこと?」
「違う。どうやってこんな世界を作ったのかって訊いてるの」
 啓太は「ああ」と言ってちょっと笑った。
「ネットのアングラサイトで見つけたんだ。そういう方法をね。生きることに希望を持っていない人にしか見つけられないようになってるから、きっと探しても橘さんじゃあ無理だよ」
 悪びれず答える啓太を鏡花はありったけの怒りをこめて睨みつける。
 だって、結局はこいつが一番悪い。その気になればいつでもやれるのに何もしなかったということはつまり、七海たちや沙雪、義人、そしてついには悠馬までをも見殺しにしたということなのだから。
「そんな顔しないでよ。心配しなくてもみんなはちゃんと生きて元の世界に戻ってるから。橘さんもすぐに戻してあげるよ」
 思わずほっとしてしまったけど、そういう問題じゃない。自分がしたのは達臣がしたのと同じことだという自覚はあるのだろうか? 他人を自分の思い通りに弄んで最後には殺して。自分の手を染めようとしないあたり、ある意味では達臣よりもタチが悪い。
「僕は二度とこの世界から出られない。でも誰も僕が消えたっことには気がつかない。元の世界に帰ったらみんな、この世界であったことだけじゃなくて僕のことも忘れてるはずだからね。存在の消滅。それがこの世界を作るために僕が支払った代価なんだ」
 どうでもよかった。自分の都合だけでこれだけのことをやっておいてその報いがそれだけだなんてあまりにも足りない。
「なんで?」
 鏡花は訊かずにはおられない。
「なんでこんなことをやったの? そんなにみんなのことが嫌いだった?」
「違うよ」
 啓太ははっきりと答えた。
「僕が嫌いだったのはクラスのみんなじゃない。現実の世界なんだ」
「現実の世界?」
「そう。橘さんみたいな人には分からないかもしれないけどね。いいことなんて一つも無くて、何も思い通りにはならなくて。生きていても仕方が無いなってずっと思ってたんだ」
 確かに分からなかった。特別に不幸なわけでもないのに何もいいことがないからって自殺する人間がいるだろうか? 悠馬とはまた違った意味で、啓太が何を考えているのか鏡花には分からない。
「みんなを巻き込んじゃったのは悪いと思ってるよ。でもどうせここで起こったことは現実世界に何の影響も及ぼさないからいいかなって。許してくれとは言わないけどね」
 当たり前だ。何を言われたって許すつもりなんてない。
「元の世界に戻ったら、蒼士くんと仲良くしてね」
「え?」
 いきなりだったので、思わず言葉に詰まってしまった。
「橘さんはヒロイン役だったんだ。ヒーローと――蒼士くんとお似合いだとずっと思ってたから」
 何故か顔が熱くなった。
 なにが「お似合い」だ。放っておいてほしい。
「それじゃあそろそろ橘さんも元の世界に帰してあげる。生き残った報酬に何か欲しいものはある?」
「ない」と答えると啓太は「そっか」と笑った。
 分からない。本当にこれでいいのか? 啓太はずっとここで一人で生きていく。本当にそんな結末でいいのだろうか。でもどっちにしたって自分にはどうすることも出来ない――
 投げやりな気持ちで地面を蹴った鏡花の踵に、ふいにこつりと何かが当たった。石とは違う感触だ。何だろうと思って見てみたら、悠馬が遺したナイフの柄の部分が鏡花の靴に触れていた。
 ふと気付く。沙雪が死んだ時、盾も一緒に消えた。達臣が死んだ時、体と同化していたという鎧も一緒に消えた。だったら何故このナイフだけは残っているのだ?
 改めてナイフを観察してみる。刃は果物ナイフくらいの大きさで、まっすぐだ。多分これが達臣の体を粉々にした三本目のナイフなのだろう。効力は「刺したものを粉々にする」といったところか。
 刺したものを粉々にする。その意味に気がついて思わず息を呑んだ。
 何故このナイフだけが残っているのか。それこそが悠馬の意志だとしたら? もし悠馬が彼自身よりもこのナイフを残すほうが重要だと考えていたら? 今自分がしないといけないことは何だろうか。
 鏡花はナイフを拾い上げる。
「見て」
 顔を上げて鏡花の手にあるものを見た瞬間、啓太はぎょっとしたように目を見開いた。
「これをここに突き刺したらどうなると思う?」
 足元の地面を指差して言う。一気に啓太の顔が青ざめた。
「や、やめてよ! そんなことをしたら橘さんだってどうなるか分からないよ! 少なくとも記憶は消えない! ここであった酷い出来事をずっと覚えてなくちゃいけなくなる!」
「上等じゃない」
 そう、上等だ。この橘鏡花はあんなことがあったからってそれを一生引きずってしまうほど弱い人間ではないのだから。それに――少しだけど。本当にほんの少しだけど、忘れたくないこともある。
 さあ。相手はこれでも一応あの達臣をあっさりと倒したこの世界の支配者だ。迷っているひまなんてあるはずがない。
「蒼士からの伝言を伝えてあげる。ふざけるな、だって」
 鏡花は勢いよく地面にナイフを突き立てた。
 地面が割れるだけだったらどうしよう、と一瞬だけ思って、すぐに打ち消す。悠馬は何と言っていた? 「認識で全てが決まる」とそう言っていたではないか。
 だったら。この橘鏡花が「このナイフはこの世界を砕く」としっかり認識できていれば絶対に出来る。
(蒼士、私に力を貸して――)
 ここまでは何もできなかった。誰も助けられなかった。
 だったらせめて最後くらいは。
「私の手で、この茶番を終わらせてやる!」
 ぴしり、と何かがひび割れる音が幾重にも重なる。赤黒い地面、真っ黒な空。そこかしこに次々とクモの巣のような白いヒビが入っていく。
「いやだ! 元の世界なんて、もういやだあ!」
 ヒステリックな啓太の叫び声が響く。その声に押されるようにしてヒビがまた大きくなった。
「私たちを弄んだ罰よ。あんたは現実の世界で生きなさい。一生懸命にね」
 そして。
 世界が、崩れ落ちた。







「カラオケいこうぜー、達臣」
 男子生徒の誰かが行った。
「またかよ。こないだ行ったばかりじゃねえか」
「んなこと行っても、他にどこ行くよ?」
「ねえ、じゃあさあ――」
 土曜日の放課後。教室の真ん中に集まって遊びの予定を立てる達臣たちのグループ。それを横目に見ながら義人が言う。
「僕達はどうする?」
「うーん、義人くんとだったらどこでもいいんだけど……」
 沙雪は言って、それからちらりとある友人のほうへ目を向けた。
「実はね、今日は鏡花ちゃんも一緒なの」
 うふふ、と楽しそうに笑って「それから、多分もう一人ね」と付け加える。
 なんだろう、と思って義人もそちらへ向けた視線の先。なにやら緊張した面持ちで鏡花が一人の男子生徒に話しかけていた。
「あのさあ、蒼士」
 文庫本に目を落としたまま悠馬は「ん?」と聞いているのかいないのかよく分からない返事をする。鏡花はちょっと気勢をそがれたようだったがすぐに気を取り直して、
「あんた、どうせヒマなんでしょ? 私たちと一緒に来なさいよ」
 強引な誘い文句。そこでようやく悠馬は顔を上げた。
「確かに予定はないけど。『私たち』つーのは藤井と二条のことか?」
作品名:ぼくのせかい 作家名:terry26