ぼくのせかい
「そうそう」と頷いて、鏡花はそっと悠馬の耳に口元を近付けた。
「あの二人と私の三人だったらどんな雰囲気になるか、考えなくても分かるでしょ? だからさ、私を助けると思って。ね、いいでしょ?」
悠馬は少し間を空けてから、ため息をついて「まあ仕方ないな」と言った。言った瞬間、ぱあっと鏡花の顔が輝いたのに悠馬は気がついているのかいないのか。
「決定ね。じゃ、さっそく行きましょ」
鏡花は悠馬の腕を引っ張って強引に立たせた。「まだ用意が――」というようなことを言う悠馬。そんな二人の様子を眩しいものを見るような目でじっと見つめている一人の男子生徒が居た。
ふと悠馬はその視線に気がついてそちらを向いた。
「どうした? お前も来るか、佐藤」
げ、と嫌そうな顔をする鏡花。あはは、と啓太は苦笑した。
「やめとく。さすがに僕もそこまで空気を読めないわけじゃないよ」
鏡花はほっとため息をつく。それからまたぐいっと悠馬の腕を引っ張って、
「ほら、さっさと歩く。時間を無駄にしない!」
「え、ちょっと待て。藤井たちと一緒に行くんじゃないのか?」
「あとで合流するの」
「そうなのか? つーか、そもそもどこへ行くんだよ?」
「まだ決めてない!」
元気な声を出しながら二人は教室を出て行く。
義人がぽつりと言った。
「別に僕たちをダシにする必要はなかったんじゃ?」
沙雪が笑った。
「私も思った。でもまあ、きっかけが必要だったんじゃないかな」
「きっかけ、かあ」
平和で幸せな日常。退屈だと言う人もいるけど義人はそうは思わない。これがかけがえのない貴重でありがたいものであることを、ちょっとしたきっかけがあればすぐに崩れてしまう脆いものであることを気付かされる出来事があったような気がする。記憶にはないのだけど、それは確かに義人の中にあっていろんなことに大きな影響を及ぼしている。
「僕たちもいこっか」
「うん」
義人と沙雪は手を繋ぐ。もしこの日常が脆いものであるとしても、この手だけは絶対に手放さずに歩いていってみせる。
きっとそれが、幸せになるということだから。