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ぼくのせかい

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 それに答える声はあくまで穏やかである。少し高くなった岩の上に腰掛けたまま涼やかな顔をしている。
 この場には十人の男女が居る。男が五人、女が五人でちょうど同じ数。女はみんな鏡花と同じ制服を着ていて、男はやはり紺色のブレザーとチェック柄のズボンという制服姿である。
 彼らは鏡花とまったく同じタイミングで飛ばされてきたわけではなく、ここへ来てから既に一時間ほど経っている。当初はパニックになっていた者も数人居たが、みんなに宥めすかされて何とか落ち着きを取り戻した。座っている者、立っている者、それぞれ思い思いの姿勢でいびつな円を作って集まっている。それでも見ている方向はみんな同じだ。円の中心に居る一人の男子生徒――鈴川達臣に、残りの九人の視線は集まっている。
「とりあえずさ、みんな一刻も早くここから帰りたい。それでいいんだよな? 反対の奴、誰かいるか?」
 達臣はぐるりとみんなの顔を見渡す。手を挙げるものは誰も居ない。幼子が親に向けるような、頼り切ったまなざしで達臣を見返すだけだ。
「よし。じゃあこれからはそれを第一目標にして動くようにしよう。正直言って手がかりはまだ何もないけど――」
 さっとみんなの顔に不安がよぎったところで、それを打ち消すように達臣はにっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫。みんなが居ればなんとかなるさ」
 達臣の言葉はまるで指揮者の振るうタクトのよう。それが発されるたびにみんなの表情が次々に変わる。
 一人の男子生徒が振るうタクトに従って、盲信と疑念を奏でる十人のオーケストラ。彼らがどんな曲を紡ぎ出すのか、譜面にはまだ何も描かれていない。





「うーん」
 一本のナイフを手に、蒼士悠馬は立ったまま首をひねっていた。
「わっかんねえなあ。こいつにはどんな力があるんだ?」
 ナイフを縦に振ってみたり軽く地面にぶつけてみたりしながら、悠馬はふっと思いついたように振り返る。
「なあ啓太。お前アニメとかに詳しいんだろ? こういう場合、最後の一本にはどういう能力が備わってるモンなんだ?」
 啓太、と呼ばれたのは少し離れた場所で座っている小柄な男子生徒である。フルネームは佐藤啓太という。
「ええ? そんなこと言われても……一本が伸び縮みするナイフで、一本がブーメランで……うーん」
 結局、水を向けられた啓太も一緒になって首をひねってしまう。
 二人が黙ってしまうと辺りはしいんと静まりかえる。この場に居るのは悠馬と啓太の二人だけだ。
 一本が伸び縮みするナイフで、一本がブーメラン。啓太がそう表現したのは悠馬の足元で無造作に転がっている二本のナイフのことである。最初はちゃんと革のホルダーに入っていたのだが、いちいち戻すのがめんどくさいだとかで放り出されている。そのホルダーはというとこれまた少し離れた場所で置きっぱなしにされたままだ。
「ま、いっか」
 ごく軽い調子で言って、悠馬はどっかりとその場に腰を下ろす。そうしながら手に持っていたナイフをぞんざいに放り投げる。からんからん、と甲高い音を立ててナイフは二度、三度地面を転がった。
「ちょ、そんなもの投げないでよ。危ないじゃないか」
 啓太は慌ててそう言ったが、悠馬はどこ吹く風である。啓太の方を見もしない。
「まったく……てゆーか悠馬くん、適当に置いてるけどどれがどれだか分かってるの? 一本一本能力が違うんだよ?」
 言われて初めて気付いたように、悠馬は三本のナイフをそれぞれ見比べてみる。それぞれ柄の色や刃の形は微妙に違っているが、タイプとしては三本とも果物ナイフをそのまま大きくしたような、折り込み式だったりバタフライナイフだったりはしないオーソドックスなものだ。
「……わかんね。啓太、分かるか?」
「僕に訊かないでよ。置いたのは悠馬くんなんだから」
 しばらく悠馬はナイフを眺めて首をひねっていたが、やがて飽きたようにふうっと一つため息をついて、背中が汚れるのも構わずごろんと横になった。手枕をつくってその上で首をだらんと脱力させる。
「ま、どーでもいいや。こいつらを使うようなコトにならなけりゃあそれでいいわけだし」
 言葉通りどうでもいいことのように言って、悠馬は全身の力を抜く。少し呆れたような啓太の声がそこにかかった。
「そんな呑気にしてる場合じゃないよ。どうやったらここから帰れるのか考えなきゃ。悠馬くん、何か策でもあるの?」
 悠馬はそれに答えることはせず、意外そうな目を啓太に向けた。
「お前こそ意外と落ち着いてるよなあ。もっとパニックとか起こしててもよさそうなのに。キャラ的に」
「キャラ的にって……いや、まあね。悠馬くんがそんなだから、なんか僕一人が慌ててるのも馬鹿らしくなってさ」
 自分でふった話題なのに、悠馬は「ふうん」と気のない返事しかしない。興味をなくしたように視線を元に戻して、真っ黒な空をぼんやりとした目つきで見上げる。
「認識せよ。それが汝等の力となる」
 ぽつりと呟いた悠馬の声はひどく小さかったが、他に何の物音もないので啓太の耳にもちゃんと届いたようだ。
「それってここへ来るときに聞かされた声だよね。どういう意味なんだろ?」
「んー、『力』っていうぐらいだから最初はこのナイフのことを言ってるのかと思ってたんだけどなあ。でも伸び縮みしたり投げても勝手に帰ってくるとか俺が認識してたわけじゃねえし……」
 しばらくの間「うーん」と唸りつつ考えてから、悠馬はこんなことを言った。
「もしかすると、ここじゃあ認識したことが現実になるってこと、かな?」
「え」と啓太はびっくりしたような声を上げる。
「それってすごくない? 考えたことが全部本当に起こるってことでしょ?」
「いやいやお前、認識ってそんな簡単なモンじゃねえぞ? 分かりやすく言い換えると『思い込む』ってことだからな。例えばお前、自分が女だと思い込めって言われてすぐに出来るか?」
 言われて啓太はしばらく首を捻っていたが、やがて嫌そうな声でこう答えた。
「無理。てゆーか気持ち悪いよ」
 悠馬は「ははっ」と肩を揺らして笑う。
「すまんすまん。ちょっと例えが悪かったな。でもまあそういうこった。もし俺の言った通りだとしたら『今すぐ帰れる』と認識できればすぐにでも帰れるんだけど、そう都合よくもいかないんだよな。残念ながら」
 言葉とは裏腹に、悠馬の声はちっとも残念ではなさそうなそうだ。脱力しきったまま悠馬はのんびりとこう続けた。
「ま、焦ってもしょうがねえ。気楽にいこうぜ」






 

 橘鏡花が「論外」と位置づけた残りの一組。蒼士悠馬と佐藤啓太、男子生徒の二人連れである。
 悠馬は岩に背中を預けて座っている。無造作に投げ出した足をくるぶしのところで交差させ、手にした文庫本に目を落としている。
「ねえ蒼士くん、どうするの?」
 少し離れた位置に座っている啓太が声をかけた。「別に」と悠馬は気のない返事をする。
「別にって……そんな悠長に本とか読んでる場合じゃないよ。一体何が起こってるのか、蒼士くんは気にならないの?」
「気にならないってわけじゃないが」
 ぱらり、と悠馬は文庫本のページをめくった。
「参考になる材料がなさすぎる。今考えたってどうせ何も分からない」
作品名:ぼくのせかい 作家名:terry26