ぼくのせかい
化け物。結構じゃないか。つまらない他の人間との違いがよく現れていてなかなかにいい。
「これで三回目だぞ、蒼士」
口を開いてみたら、意外と平坦な声が出た。人間、いらつきが限界を超えると逆に冷静になるものらしい。
「三回目?」と悠馬は不思議そうにつぶやいて、少し考えてから「ああ」と頷いた。
「なるほど。お前は勘違いをしてる。二回目ってのはお前が二条たちをやったときのことを言ってるんだと思うが、あの時俺は何もやってない」
「あん?」と思わず達臣は声を出す。
「なに言ってやがる。今さらびびって言い訳か? あのとき確かに俺は胸をぶっ刺された。もう跡は残ってねえけどよ」
言って、あのとき刺されたあたりを手で押さえる。あの時の痛み、苦しみは忘れていない。さすがにこの体も心臓を刺されれば危険だと認識するようだ。
「なるほど。そういうことか」
悠馬は納得したような声を出す。
「それは多分二条が持ってた盾の効果だ。『受けたダメージを相手に跳ね返す』ってところか。二条はそんなふうに認識してたんだな」
なにやらよく分からないことを悠馬は言う。達臣はそろそろ我慢の限界だった。
悠馬の言葉は無視して再び地面を蹴る。普通の人間にかわせる速度ではない。確信と共に達臣が腕を振り下ろした時――粉々になって汚らしく飛び散るはずの悠馬の姿がそこから消えていた。
どこへ行った、とあたりを見渡していたら頭上から声が降ってきた。
「話の途中だってのに、せっかちなやつだ」
見上げてみれば、悠馬は何かにぶら下がってゆらゆらと揺れていた。右手に持ったナイフの刃の部分がロープのように伸びて、背の高い岩山のてっぺんに巻きついている。
刃の部分が延びるナイフ。なるほど。どうやらそれが三度――悠馬いわく二度らしいが――に渡って達臣を傷つけたものの正体であるらしい。一度目、達臣が首を飛ばされたとき悠馬があれを地面に突き刺していたのを思い出す。恐らく刃を地中に潜らせて背後から達臣を斬ったのだろう。だから空気の動きに気付かなかった。小ざかしいやつだ。
さっき七海にやったように石でも投げつけてやろうかと思って見上げていたら、悠馬は左手で腰のホルダーからもう一本ナイフを取り出した。伸びている一本目のナイフとは形が違う。柄の部分が小さくて刃が日本刀のように反っている。ナイフというよりも短刀といったほうがしっくりくるかもしれない。
悠馬は回転をつけてそれを投げつけてきた。プロペラのようにくるくると飛んでくるそれを達臣は上体を逸らせて交わす。ぶうん、と空気の鳴る音が聞こえた。
「おいおい。なんかお前だけやたと優遇されてねえか? まさか残りの一本にもまた別の能力があるのかよ?」
「さあな。どっちにしても殺しても死なないお前よりはいくらかマシだろう」
軽口を交わしつつ達臣は背中に意識を向ける。半ば予想していたことだけど、達臣の横を通り過ぎたそれはブーメランのように軌道を180度変えて今度は背後から迫ってきた。いちいち振り向かなくても空気の流れで分かる。また難なくかわしてやったらナイフはそのまま元来た方向へ飛んでいってぱしりと悠馬の手に収まった。
「は、まあそらそうだわな。お前が持ってる物が俺のより優れてるわけがねえ。どうもこの世界は俺にとって都合のいいように作られてるみたいだからな」
「ん?」と悠馬は不思議そうな顔をする。
「何故そう思うんだ?」
「あん? 何言ってやがる。ちょっと考えたらすぐ分かるじゃねえか。集められたメンバーといい、与えられた物といい、どう考えたって俺のために用意されたような状況だろ」
達臣は確信をもって言っているのに悠馬はまだ首をひねっている。
「じゃあお前がこの世界を作ったのか?」
聞く前から「そうではない」と確信している口調。「そうだ」と言ってやりたくなったがさすがにそれは無理があるので達臣は渋々「違う」と答える。
「だろうな。でも俺が思うに、多分この世界は神とか悪魔とかそういうやつが作ったものじゃない。多分ここへ来た人間のうちの誰かが作ったんだろう」
一体何を言っているんだ、と達臣は内心で呆れる。「世界を作る」なんてことがどうやったらできるというのか。
「俺たちがここへ呼ばれたのは今生き残ってるうちの誰かの仕業だってのかよ?」
試しに訊いてみる。悠馬の話を信じたわけではないが、どんな答えが返ってくるのか興味があった。
「本当にこの世界を支配してるんだったら生き残る必要もないわけだが」
悠馬はうっすらと笑う。
「まあ大体の目星はつけてるよ。一番何もしてないしされてない奴だ」
誰なのだろう。よく分からないし、なんだかどうでもよくなってきた。この世界を作ったのが誰であろうと関係ない。もし本当に悠馬の言うとおり達臣の知る誰かがこの世界の創造主なのだとすれば、そいつを倒せば自分がこの世界の支配者だ。
なんの前触れも無く達臣はジャンプした。悠馬は驚いた顔すらせず、ブランコの要領でぶら下がったまま動いて距離をとる。達臣は空中で岩山を蹴って方向転換し、さらにそこへ追いすがった。
悠馬は地面に降りてバックステップをとりつつ、ブーメランのような二本目を投げつけてくる。達臣はかわすことすらしない。右手が切り落された。それでも達臣の勢いは緩まない。
一本目のナイフがムチのようにしなって伸びてきた。達臣はその動きをじっと観察し、タイミングを見計らってぱしりと左手で掴んだ。手のひらが深く切れて血が溢れたが、痛くないので気にならない。
達臣はそれをぐいと思い切り引っ張った。どうやらとっさには反応できなかったようで、釣り針にひっかかった間抜けな魚のように悠馬がこちらへ引き寄せてられてくる。それを再生したばかりの右手で思い切り殴りつけた。
苦しげなうめき声が聞こえた。他の人間のように粉々になってはじけ飛ぶことはなかったが、吹き飛ばされた悠馬はごろごろと石ころのように地面を転がる。それを追いかけて今度は腹のあたりを思い切り蹴り飛ばしてやった。
「生意気なんだよ、お前は!」
楽しくてしょうがない。達臣は思わず叫んだ。
「黙って俺に従ってりゃいいんだ、俺以外の人間はよぉ!」
蹴りつける。蹴りつける。蹴りつける。何故か他の人間みたいに粉々になってしまいはしないが、ちょうどいい。一発で終わってしまうのではこいつへの仕返しとしては物足りない。
「人間ってのは生まれた瞬間にもう全部決まってるんだよ! 勝者と敗者ってやつがなあ!」
何度も蹴りつけられてすっかり動かなくなった悠馬を、達臣は胸元をつかんで引きずり起こしてやった。うつろな目で血まみれになっているその顔を見て、少し達臣の溜飲が下がる。
「分かるだろ? お前だって俺にはこうやって手も足も出ねえ。藤井のやつは命がけで女を守ろうとしたがそれすらもできずじまいだ。二条も馬鹿な女だな。藤井なんかじゃなくて俺についてればもっといい思いができたのによ」
悠馬は何も言わない。口を動かす力すらも残っていないのだろう。
「勝者は俺だけ。あとはみんな敗者だ。負け犬だ。なのにそれを自覚せずに逆らったりするからこんな目にあうんだよ。分かるか? 小さいてめえの脳みそ働かせてよーく考えてみろよ」