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この手に君のぬくもりを

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 ゲーム。人の創り出した虚構の存在。確かにサヤはそういうものだ。だけど聡子から、他でもない聡子の口からそれを聞かされるのがどうしても我慢ならなかった。
 怒鳴られたことがショックだったのだろう、聡子は息をのんで言葉を失っている。ひどく傷ついた顔。透が拒絶し、傷つけた女の子の顔。
 透はまた怒鳴り散らしたい衝動、謝ってしまいたい衝動の両方をすんでのところでこらえて、しばらくしてから下を向いたままゆっくりと口を開いた。
「……ごめん、今日は帰るよ」
「またね」も「さよなら」もなしだ。それだけ言って、透はきびすを返して公園の外へと歩き出した。
 振り返ることは、一度もせずに。





 家に帰り着いた透は着替えもせず、しばらく椅子に座って電源の入っていないパソコンをじっと見つめていた。
 今日はやめておくべきだ。そう思った。あんなことがあったばかりだというのに一体どんな顔をしてサヤに会えばいいのか。
 だけど逆に、今日サヤに会わないというのはそれだけで後ろめたい行為でもある。他の女の子から好きだと言われてそれを隠しておくなんてことは、普通の恋人関係に当てはめれば間違いなく裏切りだ。透とサヤの場合だって決して例外ではあるまい。
 結局透は今日もパソコンの電源を入れた。サヤの姿がディスプレイに表示されたとき、なんだかんだ言って結局はサヤの顔を見たかっただけなのだと透は気付いた。
「おかえりなさい……あら?」
 透の顔を見るなり、サヤは心配そうな顔をした。
「なんだか元気ないですね。何かありました?」
 いきなり言い当ててしまうのはサヤの性格ゆえなのか、それとも二人で積み重ねてきた時間の賜物なのか。後者だったらいいな、と透は思う。
「うん。あのさ……ちょっと言いにくいことなんだけど」
「言いにくい? 私にもですか?」
「サヤだから言いにくいんだよ」
 大真面目に透が言うと、その雰囲気を嫌ったのかサヤはちょっとおどけたように笑った。
「えー、なんだろう。『結婚しよう!』とかですか?」
 瞬間、言い知れぬ感覚が透を支配しかけた。思わずこぼれそうになった言葉を両手で口をおさえてすんでのところで止める。
 ――僕とサヤが結婚なんてできるわけがないじゃないか。
「ごめん、わりと真剣な話なんだ。ちゃんと聞いてくれないかな」
 出来るだけ険が混じらないように透は言ったのだが、なんとなく空気を察したのだろう。サヤはしょんぼりと下を向いて「ごめんなさい」と言った。
「えっと……それで、何があったのか話してくれるんですよね?」
「うん。実は今日――」
 透は順を追って話していった。聡子に誘われて二人で遊びに行ったこと、そのあと公園に行ったこと、そして「恋人になって」と言われたこと。それを言われたあとにあったやりとりだけは、さすがにありのまま伝えるわけにもいかず伏せたままになったが。
 サヤはずっと無表情で聞いていた。「恋人になった」と言われたところに話がさしかったときも特に驚きはしなかった。もしかしたら最初から、聡子の名前が出た時点でおおよその予想はついていたのかもしれない。
 透が話し終えたあと、サヤはその内容をゆっくりとかみしめるようにしばらく目を閉じてから、やがて小さく言った。
「断ったんですよね?」
 声が小さすぎてよく聞こえなかったので、「え?」と透は思わず聞き返した。
「高峰さんからの告白です。ちゃんと、断ってきてくれたんですよね?」
「ちゃんと」の部分に力を入れて、今度ははっきりとサヤは言った。反射的に頷きそうになって、「いや」と思い返す。あれを「断った」と言えるのだろうか、と。たとえそうでなくても嘘をつけばいいのだが、このサヤに向かってそれをするのはどうしてもためらわれた。
「……うそ」
 透の表情から何かを察したのだろう、見る間にサヤの顔が歪んでいった。
「どうしてですか。断ってくださいよ! 今から電話してでも――」
 激しかけて、はっと我にかえったようにサヤは途中で言葉を切る。
 その時のサヤの顔。透は今自分が見たものが信じられなかった。
「なんでも、ありません。透、さんの……思うように、してくだ、さ……」
 喉でなくて胸からしぼり出すような声。その文字通り、自分の胸を締め付けて無理やりに出しているような声。それでもサヤは必死に言葉を続けようとしていたが、どうやらそこが限界だったようで。
「……ごめんなさい。今日は、もう……透さん、電源を切って頂けませんか」
「サヤ――」
「お願いです。こんな私、透さんに見られたくない……!」
 下を向いたサヤの顔が泣いているようにも見えて、だけど何を言っていいのか分からなくて。「また明日」とだけなんとか口にして、言われたとおりに透はパソコンの電源を落とした。

 それから一時間ほど経ったころ。
 ずっと椅子に座ったままぼうっとしていた透が、ふと立ち上がって部屋の隅にある本棚に向かった。前面にある漫画本やらをのけて奥からひっぱり出してきたのは中学校の卒業アルバムだ。
 サヤはゲームなどではない。彼女が自分に向けてくれる想は作り物などではない。それを証明してやりたかった。
 先ほどのサヤが見せた感情。嫉妬と独占欲、といったところだろうか。どちらも普通は「醜い」とされるとされるものだ。人が人の模造品を創るとして、わざわざそんな感情まで組み込んだりするだろうか?
 ずっと思っていた。「サヤは単なる人工知能とは違うのではないか」と。映画などでは「君が何者であろうとも関係ない」みたいなセリフがよくあるが、サヤと過ごしていてそれはきれいごとなのだと透は思い知らされた。サヤのことをもっと知りたい。できることなら彼女をディスプレイから引っ張り出して抱きしめたい。
 だから透はアルバムを見ている。もしかしたらサヤの正体につながる何かが見つかるかもしれないから。
 根拠は透と新太が共有したあのデジャヴ。同じ中学校出身の二人が二人してサヤの顔に既視感を覚えたあれのことだ。ひどく不確かなものだが、アルバムのページをめくるたびに透の確信は強くなっていく。

 ――そして。
 ひどくあっさりと、それは見つかった。





 次の日の放課後、透は母の勤める嘴葉大学病院まで足を運んだ。

 あれから夜遅くに帰ってきた母に、透は証拠である卒業アルバムを突きつけて問い詰めた。そして得た回答が
「明日、学校が終わったらうちの病院に来い。本当のことを教えてやる」
 というものだった。もったいぶった母の態度に腹を立てる余裕なんていない。「本当のこと」というのが何なのか、透の心は緊張でいっぱいだ。単に「透の元同級生がモデルになっている」というだけならば、それを教えるためにわざわざ病院に呼び出したりする必要などないのだから。
 そう。サヤにはモデルが居た。それも透のごく身近に。それを昨日、透は卒業アルバムの中に見つけたのだ。
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26