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この手に君のぬくもりを

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 サヤが家にやってきて、好きだと言われて、まるで恋人のように話すようになって。幾度となく透はこんなことを夢想してきた。もう何度も思い描いてきたその映像は今やはっきりとした形を透の中で結んでいて、こうして目の前の聡子と見比べたりすらできるほどだ。
 だけど、夢想はあくまで夢想でしかない。実際にはサヤと並んで歩くことなんてどうやってもできないし、彼女の髪が風になびくことは決してない。
 そこが聡子とは違う。聡子は手を伸ばせば触れることのできる現実としてここに在る。あっちが許してくれれば抱きしめることだって、キスすることだって、それ以上のことだっていくらでもできる。そして多分、透の考えが間違っていなければ、ゆっくりと時間をかけて付き合っていけばきっといつかそれらのことを聡子が許してくれる日が来るのだろう。要は透の気持ち次第なのだ。
 聡子の気持ちにどう応えるべきなのか。受け入れるのか、断るのか。全てはそれ次第なのだが、透はその決断が出来ずにいる。
 今の自分がサヤに惹かれていることはもちろん自覚している。でもそれは果たして恋と呼べるのだろうか? 単にアイドルに憧れてあれこれ妄想しているだけなのと一体何が違うと言うのか。サヤのような存在にこそ「アイドル」という言葉は相応しいのだから。「偶像」という意味で。
 聡子はどうか。決して嫌いではない。今のクラスで透と一番仲のいい女子。正直に言えば、単にそれだけではない何かを透はずっと感じてきた。だからこそサヤのことを話そうと思ったのだし、家に呼んだりもしたのだ。
 でも、と透はそこで立ち止まってしまう。サヤのことを抜きにして考えても、今こうやって聡子の隣に立っている自分が感じているものは今までに何度か経験してきた特別な感情とは少し違う気がするのだ。普通、好きな女の子と見つめ合うとドキドキして落ち着かなくなるが、聡子にはむしろ安心して気兼ねなくなんでも話せてしまう。聡子と話すようになったのは今年一緒のクラスになってからのことだが、なんだかそれよりもずっと昔、小さい頃から一緒に居る幼なじみと話しているような、そんな気分。
 これは単に聡子の性格からくるものなのか、それともやはり透は彼女を女として意識できていないのか。考えてみてもやはり答えは出ない。

 透が考えている間にも時間は過ぎていく。やがて日が暮れ始め、別れのときがやってくる。
 別れのとき。そのまま「バイバイ」だけ言い合って終わりになるとはさすがに透も思っていない。聡子がずっと何かを堪えるような顔をして、それでも必死に取り繕っておしゃべりをしていたのにも気付いていた。それはきっとこの時のことをずっと思っていたからなのだろう。
 最後に行きたいところがある、と聡子は言って、町外れの河川敷にある公園まで透を連れてきた。
 十一月も半ばを過ぎて、風にはいよいよ冬の気配が混じりはじめている。夕日に紅く染められて風に揺れているススキもそろそろ見納めだろう。チェック柄のマフラーを巻いた聡子が少し身を震わせたのは寒さからだろうか、それとも。
 夕暮れの公園、紅く染まる河原の景色。「いかにも」なシチュエーションの中、公園のはじっこにあるベンチに二人は並んで腰掛けた。
 すぐに何かを言われるのかと思っていたが、聡子は無言だった。ちらりと横目で様子を窺うと、スカートから伸びた太ももの上で両手をぎゅっと握り締めて小さく震えている。何かを言ってあげたほうがいいのかもしれない。
 しばらく考えて、浮かんだ候補の中から一番当たり障りのないものを透は選んだ。
「今日は楽しかったよ」
 聡子は顔を上げて「ほんとに?」と小さく言った。
 まるでサヤみたいだ、と思った。控え目な声、こわごわとした視線。本当にこれがクラスで密かに「あねご」と呼ばれているあの高峰聡子なのだろうか。
 透がうなずいてみせると聡子は一度大きく息を吸い込んで、言った。
「じゃあさ、また二人で遊ぼうよ。もう一度とかじゃなくて、何回でも。たぶんあたし、桜井くんとだったらどこに行ってもすっごく楽しめると思うの」
 夕焼けよりも紅く頬を染めて、聡子は熱を持った目で見つめてくる。ここ最近ですっかり見慣れた視線。自分のことを好きになってくれた女の子の視線。
 それに気付いたとき、ようやく透の心にも小さな熱が生まれた。緊張と高揚。でもやっぱりそれは無視してしまえる程度の大きさで。口を開いてみると、自分でもびっくりするほど冷静な声が出た。
「えっと……それってさ、ただ遊びに行くだけじゃなくて、デートしようってことだよね?」
 透の冷静さが伝染したのか、聡子も照れたりはしなかった。透を真っ直ぐに見つめたままはっきりと頷く。
「うん。私、桜井くんとデートしたい。二人でいろんなところに行って、いろんなことをしたい。……ねえ、桜井くん」
 聡子はベンチの上でお尻を動かして、さらに透に近付いた。二人の顔の距離はもう十センチもない。
「あたしの恋人になって」
 どうして、と透は思った。どうして今なのか。どうして自分なのか。
 なんの取り得もない自分のことをこんなふうに思ってくれる聡子。きっと今見せている顔は他の誰にも見せない、透だけが見ることのできる顔なのだろう。
 はっきりと言われた瞬間に透の中で湧き上がってきたのは、たぶん嬉しさと幸福感と、それと同じ分量の苦さと罪悪感。聡子の気持ちを素直に受け止めることができたらどんなによかったか。
「……だめ、かな?」
 透の沈黙を拒絶と取ったのか、聡子の顔が悲愴にゆがむ。それを見ていられなくて、でも透には何も言えなくて。
「あたしみたいなタイプ、桜井くんは嫌い?」
「いいや」とはっきり首を振った。そう、聡子が悪いわけではないのだ。
「なら、どうして? 少し前にも訊いたけど、桜井くんって今好きな子いないんだよね?」
 聡子の言う「少し前」というのはサヤと出会う前のことだ。確かにそんな話をした覚えがある。
「高峰さんが悪いわけじゃないんだ。僕のことをそんなふうに想ってくれるのは嬉しい。ただ――」
 ただ、なんだろう。「少し前」から今までの間に好きな相手ができたから? 今目の前に居る女の子よりも、実体がなくて触れることもできないディスプレイの中だけの人工知能のほうが好きだから?
 その答えは、そう。感情がどうとかいう以前に、一人の男として異常ではあるまいか。
「……あの、サヤって子のこと?」
 あらゆる感情が押し込められた声で、聡子は小さく言う。
「やめてよ。あんなの、ただのプログラムでしょ。女の子ですらないんだよ!」
 聡子の声は徐々に加熱されていく。それに込められるのは悲しみ、虚しさ、それとかすかな嫉妬と嫌悪感、だろうか?
「そんなのヤだ! 好きな男の子が変になってるのなんて見たくない!」
 聡子はついに立ち上がった。目じりに浮かんだ涙を拭おうともせずに、むしろそれごと透にぶつかってくるくらいの勢いだ。
「お願い、ちゃんと現実を見て! あたしを見てよ! あんなゲームなんかじゃなくて、ここに居るあたしを――」
「ゲームじゃない!」
 何だろう。意味の分からない衝動に突き動かされて、透はいつの間にか立ち上がっていた。
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26