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この手に君のぬくもりを

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 この疑問について「作り物であってほしくない」と望んでいる自分に透はもう気付いている。そういう意味では「あんたが何を言われたのか知らないけど、それは全部あの子自身の素直な気持ちなんだろうさ」という母の言葉に少なからず救われている。ある意味、これを信じるとすれば母に訊くべきことはもう何もない。他の疑問なんてそのことに比べればひどく些細なことだ。
 分からないことだらけ、しかもディスプレイの中だけの存在であるサヤにこんな感情を持ち始めている自分を意外に思いつつも、どうやら止められそうにない。「好きだ」と言われたあの時から、きっと透の中で何かがおかしくなってしまったのだ。
 その想いの行き先はどこなのか。自分は一体何を望んでいるのか。このときはまだ、深く考えてはいなかった。

「ねえ、とおるさーん」
 何も予定がない日曜日。適当に音楽をかけてベッドの上でゴロゴロしながら漫画や雑誌を開いたり、つまらないテレビをぼんやりと眺めてみたり。
「ん、なに?」
 その間、ずっとパソコンはつけっぱなし。さすがにずっとサヤと話しているわけではないが、ときどき散発的に言葉を交わすだけでなんだか満たされた気持ちになる。一人ぼっちの休日とは比べ物にならない。
「えへへ。なんでもないでーす。ちょっと呼んでみたくなっただけー」
 あはは、とサヤは朗らかに笑う。
 サヤがこの部屋にやって来てから二週間と少し。その間にサヤは単に礼儀正しくておしとやかなだけでなく、こうして歳相応(見た目の、だが)の女の子らしい一面も見せるようになった。
 まるで深窓の令嬢みたいだった第一印象とは違った元気な笑顔。それがまた、透の心を掴んで離さない。
「今の、恋人っぽかったと思いません? 恋愛ものの小説とかでよくありますよね、こういうの」
 一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか、サヤは楽しそうに笑っている。はじめの頃だったらこれだけでも赤面してしまってろくにものを言えなくなっていたのだろうが、さすがに二週間も続けていれば慣れも出てくるわけで。
「さあ。小説とか僕はあんまり読まないからなあ」
 こうやってきちんと掛け合いを楽しむことが出来る。サヤはちょっと面白くないような顔をして、
「むー。じゃあ透さんはどんなのが恋人らしいと思うんですか?」
 唇をとがらせて少し拗ねてみせるサヤの仕草を「かわいい」なんて思いつつ、
「どんなって、そりゃあ――」
 すっかり油断していたせいでふいにタブーを口にしそうになってしまって、透は慌てて口をつぐんだ。
 どんなのが恋人らしいか。そんなのは決まっている。微笑みあって、手をつないで、体を寄せ合って、キスをして、そして――
 でも、透とサヤは。
「分からないよ」
 そう言ってごまかしたが、どうやら透の考えたことをサヤは何となく察したようだ。でも顔を曇らせたのは一瞬だけ。すぐにまた元の表情に戻って、
「うーん、難しいですねえ。恋人らしくってどうやったらなれるんでしょう?」
 ごまかしに気付かないふりをして透もそれに付き合う。
「別に他人のまねをしなくてもさ。僕と君で――」
「それです!」
 サヤはいきなり指先をびしりとディスプレイ越しに突きつけてきた。まるで漫画とかに出てくる名探偵みたいだ。
「……どれだよ?」
「その『君』ってやつ。一つ訊きますけど、透さん、クラスメイトの女の子たちにもそんな小説の中の人みたいな呼び方してるんですか?」
「え? うーん……そういえば、してないかな」
「そうでしょ」とサヤはディスプレイの中でしきりに頷いている。
「いや、でもじゃあ何て呼べば?」
「何言ってるんですか。もっと男らしくて親しみの込もってる呼び方があるでしょう?」
 透は少し考えて、ピンときた。でも、その二人称をサヤに使うのはなんだか――
「ねえ、言ってくださいよ透さーん。恥ずかしがってないでー」
 まるで駄々をこねる子供のような口調に耐え切れなくなって、透はおずおずと口を開く。
「お、お……おま、え?」
 何故か疑問系だった。
「はい。ア、ナ、タ」
 うふふ、といたずらっぽくサヤが笑う。ディスプレイの中で。
「……な、なんか違うだろ、それ」
「えー、違わないですよー」
 そのわざとらしいほど「恋人っぽい」やりとりを、果たして二人は心から楽しんでいたのだろうか。どんなに言葉を交わしても、透の中に息づく密かな寂しさと虚しさは決して消えることはなかった。





 休養日だとかでバレー部の練習が休みだった土曜の放課後。透は聡子に誘われて学校近くの繁華街に来ていた。
 どうやら新太には声がかからなかったらしく、今日は透と聡子の二人だけ。聡子と遊びに出かける機会は今までにも何度かあったが、二人きりというのはこれが初めてだ。
 まず適当に昼ごはんを済ませた二人は、「見たい映画があるから一緒に来て」という聡子の誘いに従って映画館に入り、聡子希望の邦画(恋愛ものだった)を観た。それから喫茶店でその感想を言い合って、まだ時間があったので周りの店をブティックや雑貨屋をひやかして回った。
(高峰さんは何も言わないけど、これってやっぱりデートなのかなあ)
 その途中、ふと透は思う。これだけコテコテだとさすがに透の鈍感さも発揮のしどころがない。そもそも自分を誘うときの聡子が異常なほど緊張していたのだって何となく気付いていたし、それ以前、透の家に聡子が来たあの日からずっとあった伏線みたいなものにだって気付いていた。やたらと積極的に話しかけてきたり、授業中にふと視線を感じて顔を上げてみたら聡子がじっとこちらを見つめていたり。
 鈍感さの塊みたいな透が何故気付けたかと言えば、やはりサヤに言われたあの一言が一番の要因だろう。
『高峰さんって、透さんの彼女……とかじゃ、ありませんよね?』
 それに「違う」とはっきり答えたあの時の言葉に嘘はなかった。あの時は何も意識なんてしていなかったし、あの時までは聡子だってここまで露骨ではなかった。
 でも今はどうだろう? 現にこうやって聡子と二人、まさしく恋人のように街を歩いているし、聡子の気持ちだってもうなんとなく分かっている。聡子が手の込んだやり方で透をからかっている、とかでなければだが。
 気付かれないようにさりげなく、隣を歩く聡子に目を向けてみる。透はそんなに背が高いほうではないので、二人の身長にはそれほど差がない。透の目と同じ高さで、聡子が歩くたびにショートカットの毛先が元気よくはねる。その陰から見え隠れする聡子の横顔がうっすらと赤く染まっているように見えるのは気のせいなのだろうか。
 それを見つめる透の頭にちらつくのはやっぱりサヤのこと。たぶんサヤはこんなに背が高くない。頭のてっぺんだって透の目の高さには届かないかもしれない。栗色のロングヘアをさらさらとなびかせながらゆっくりと歩くのだろう。きっと透より歩くのが遅いから、サヤのペースに合わせてやらないといけない。少し見下ろすような形でたわいもないおしゃべりをしながら歩いて、風になびく髪をそっとおさえたりだとか、そんな女の子らしい仕草の一つ一つにどきりとさせられるのだ。
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26