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この手に君のぬくもりを

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 新太が水を向けてみても聡子はまるで表情を変えようとしない。そのまますうっと目を細めて「ねえ、桜井くん」と低い声を出す。何も知らない透は「ん、なに?」と至って普通に答えた。
「私、見てみたいな。その人工知能ってやつ」
 新太はぎょっとしたような顔をしたが、透は「うーん」と少し考えたあと、
「人に見せるなとかは別に言われてないし、いいんじゃないかな。あ、でも持ち運びとかはできないからうちに来てもらわないといけないけど……」
「そっか。じゃあ桜井くんの家に……って、えええええっ?! さ、桜井くんの家?!」
 がたん、といきなり聡子が立ち上がった。その顔に浮かんでいるのは純粋な驚愕。先ほどまでの不機嫌は今ので吹き飛んでしまったらしい。
「ど、どうしたの高峰さん?」
 驚いて聡子の顔を見上げる透。新太は周りの目が気になるのか、きょろきょろと視線をさまよわせている。
「い、いやだってそんな、いきなり家だなんて! あ、あたしだって女なんだから、そんなホイホイついていくわけには……」
「あ、ああそっか。ごめん。それじゃあやめとく?」
 ぐ、と聡子は言葉につまった。顔をうつむかせて何やらぶつくさと呟きはじめる。
「これはチャンス? でもいきなり家だなんてそんな……桜井くんの家族は居るのかな? え、まさか二人っきり?! ダメ、そんなの、あたしにだって心の準備ってものが……あ、でも斉藤も一緒なのか。こいつ、いつも金魚のフンみたいに桜井くんに付きまとってるし……」
 かなりの勢いで人には聞かせられないことを口走っているのだが、幸い声の小ささと周囲のうるささで透たちの耳には届いていない。
「えっと……高峰さん?」
 もう一度透が呼びかけると、聡子は何かを決心したようにがばっと勢いよく顔を上げた。
「い、いいいいいいい」
「い?」
「行く!」
「そ、そっか。いつにする?」
「きょ、今日! 思い立ったが吉日!」
「え、今日? 僕は別にいいけど……高峰さん、部活は?」
「サボる!」
 大声で宣言したあと、聡子は手にしていたグラスを口につけて水を勢いよく飲み干して「それじゃ、放課後に」と言ってどこかに行ってしまった。当然ながら大いに視線を集めていたわけだが、そんなことには構いもしていない様子だ。
 聡子が座っていた席に目を向けると、食べかけのランチがまだ半分以上残っている。透としては首をかしげるしかない。
「一体なんだったんだ、今の」
「……お前、ほんとに何も気付かないのか? 今のでも?」
 新太がなにやら呆れたようなため息をついた。「え、なんのこと?」と透は不思議そうな声を出したが、新太は「いや、いいんだ」とこの話題を続けることを拒否する。
「よく分からないけど、それで新太はどうする? お前もサヤのこと見に来るか?」
 透が言うと、新太は何やら諦観じみたものを漂わせてまたため息をついた。寿命が縮まないか、と彼を心配してくれる人は誰も居ない。
「行かなきゃいけないんだろうなあ、やっぱり」
「……? 来たくないんだったら別に来なくても――」
「いいから。行くったら行くの。いや、まあ正直なところその人工知能の女の子ってのに興味もあるんだけどさ」
 透は少しだけ「興味もあるって、他に何があるんだろう?」と不思議には思うものの、やはり何も気付かないのだった。





 そして、放課後。
 透は新太と聡子をつれて自宅のマンションへと帰ってきた。中学生の頃から何度も来ている新太は気軽な様子、逆に聡子は透の家が近付くにつれて口数が少なくなっている。さすがに右の足と手が同時に出たりはしていないが、その硬直した表情を見れば彼女がカチコチに緊張しているのは誰の目にも明らかだ。だけどそれを見て透が何を思うかと言えば「男の家に来るだけでそんなに緊張するなんて、高峰さんって意外とウブなんだなあ」とそれだけである。
 透とその母が住んでいる部屋は十二階建てマンションの五階にある。西側のエントランスから入ってエレベーターで上がり、通路をしばらく歩いたところにある516号室がそれだ。
 部屋の前まで来ると透は先に立って鍵を開け、ドアを開いて「どうぞ」と二人を促す。新太は勝手知ったるなんとやらでさっさと中に上がりこんでいったが、対して聡子はおずおずと中を覗き込むだけで入ってこない。
「どうしたの? 遠慮せずに上がってくれていいよ」
「え、でも……えっと、家の人とかは?」
「あー」と透は気まずそうに頭をかいた。
「別に隠すようなことじゃないから言うけどさ。ここに住んでるのは僕と母さんの二人だけなんだ。んでその母さんは仕事中だから今この家には誰も居ない」
 それで大まかな事情は察したのだろう。今度は聡子が気まずそうな顔をする番だった。
「ごめん、無神経だった」
「いやいや。気を使ってくれてありがとう」
 透の父親が死んだのはまだ透が物心もついていない頃のこと。それから十数年生きてきて、これと同じような会話を透は幾度となく経験してきた。
 こんなとき、透は「気にしないで」ではなくて「ありがとう」と言うようにしている。「気にしないで」と言ってみたところでどうせ気にする人は気にするし、ときどき感じる母子家庭というものへの偏見だってどうやっても避けられないのだから言っても仕方がない、それならば「ありがとう」と言われたほうが相手も気持ちがいいのではないか――透の考えとしてはこんなところだ。
「さ、上がってよ。大したものは出せないけどさ」
「う、うん。それじゃ、お、おじゃましまーす」
 聡子はらしくないほど丁寧に靴を脱いで、おっかなびっくり中に入ってくる。歩き方が忍び足になっているものだから、傍から見ていると泥棒に間違われても文句は言えないような様相だ。さすがに透も苦笑するしかない。
「高峰さん、男の家に上がるのって初めて?」
「え、ええっ?! いや、ええっと、別に初めてってワケじゃないんだけど……ほら、やっぱり今までとはワケが違うっていうかさ……」
「ん? よく分からないけど……あ、ほら、新太が今入っていったところが僕の部屋だからさ。高峰さんも先に入ってて。僕は何か飲み物を持ってくるから」
「桜井くんの、部屋――」
 死にそうな声を出す聡子には気付かずに、透は一人でキッチンに向かう。クラスでは「あねご」とか呼ばれている聡子の新しい一面を見ることができた――なんて、密かに微笑ましく思いながら。

 冷蔵庫にはお茶しかなかった。仕方ないのでそれを三つのグラスに注いで、丸いお盆に載せて部屋までもって行く。部屋の中では新太が無遠慮にベッドに腰掛けていて、聡子は所在無さげにきょろきょろしながら立っていた。
「あ、ごめん。クッションか何か持ってくるよ」
 とりあえずお茶だけをデスクの上に置いてリビングへと取って返して、ソファーの上にあるクッションを持って行く。そのときふと、そういえば女の子を家に上げるのなんて随分と久しぶりだな、なんて今さらながら気がついた。ついでに部屋の片付けもろくにしていないことにも思い当たって、とたんにさあっと頭から血の気が引けた。
 ――女の子には見せられないものとか、転がってたりしないよな?
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26