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この手に君のぬくもりを

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「ええええっ! ダメですそんな、そういうのは私が目を覚ましてから――」
 そこまで言って、サヤはふと思いなおしたように言葉を切った。
「目を覚ましてから、か……」
 呟くように言ってから、ぐいっと顔を上げて透のほうを真っ直ぐに見てくる。
「透さん。大事なことを言い忘れていました」
 一度言葉を切って少しためらうような素振りを見せてから、意を決したようにサヤは続きを口にした。
「パソコンの中にある私の意識が薄くなっているんです。ここ二日間、私があんな状態になっていたのもそのせい。だから、こうやって透さんとお話しできるのは、たぶん……」
「今日で最後?」
 後を引き継いで透が言うと、サヤはためらいつつもうなずいた。
 何故だろう。透は慌てなかった。
 予感。そう、これも予感があったのだ。今日は自分とサヤにとって特別な日になる、それも決して楽しい意味ではなく。
 それが分かっていたから。次にサヤがどんなことを言うか、それもなんとなく予想がついていた。
「桜井先生から聞いてるかもしれませんけど、もうあの機器は私には使わないそうです。また何か変なことが起きたら困りますしね。だから次に透さんと私がお話しできるとすれば、本物の私が目を覚ましたあとになります。でも、そんなのいつになるか分からない……」
 サヤは目を伏せて、唇をかみしめて、何かを必死に堪えながら言葉を続ける。
「だから……透さん。私のことは忘れてください。私が居なくたって、透さんには高峰さんが居るでしょう? 私なんかじゃなくて、ちゃんとした――」
「イヤだ」
「……へ?」
 最後まで言わせずに透が断言すると、サヤは間抜けにすら見える顔でぽかんと透を見つめてきた。
「あの……透さん? 分かってます? 私は――」
「何を言われたってイヤだ。サヤのことを忘れろだなんて、そんなの絶対にイヤだ」
「そんな……イヤだイヤだって、子供みたいなこと……」
 サヤは心底困った顔をしておろおろとしている。そこへ追い討ちをかけるように、透はさらに言った。
「それに、高峰さんのことなら今日断ってきちゃった。あなたとは付き合えませんって」
「ええっ! そんな、どうして……」
「だって俺、好きな子が居るから」
 じっ、とサヤの目を見返してやる。サヤは「あ……」と小さく呟いて下を向いてしまった。
 それに構わず、透は出来る限りのきっぱりとした口調で、言った。
「サヤ。好きだ」
「だめ……」
「他の誰かじゃダメなんだ。僕はサヤのことが、サヤのことだけが好きなんだ。好きで好きでたまらないんだ」
「いや……やめてください、透さん」
「僕はサヤの側に居たい。これから先、ずっとサヤを離したくない」
 サヤはついに両手で顔を覆ってしまった。
「ひどいよ、透さん。どうして今そんなことを言うの? 今そんなことを言われたら、私……」
 ぐ、と自分の両手に力が入っていることに透は気がついた。
 もどかしい。狂おしいほどにその想いが透の中で募った。今すぐ抱きしめたい。サヤを優しく抱きしめて、包み込んであげたい。
「待つよ」
 だから、せめて今できる全てで。伝えることのできる全てで。サヤを包んであげよう。
「え……」
「僕はずっと待つ。サヤが目を覚ますまで、ずっと待ってる」
「だ、ダメですそんな! そんなことしてたら、私のせいで透さんの人生が狂っちゃいます!」
「狂わせたくなかったら、やはく目を覚ましてくれよ。そうなれば僕も嬉しいし、一石二鳥だ」
「そ、そんな……透さん、メチャクチャなこと言ってるって分かってます?」
「メチャクチャでもなんでもいい。僕はサヤが好きなんだ。サヤを抱きしめたい。キスしたい。その先まで進みたい。でもサヤが寝てる間はダメだって言うんだったら、もうサヤに目を覚ましてもらうしかないじゃないか」
 そこまで言ってようやく、サヤはそっと微笑んでくれた。ちょっと拗ねたような、でも本当に幸せそうな、そんな微笑み。
「もう……透さんって意外とワガママなんですね。知りませんでした」
「そうだよ。僕、ワガママなんだ。サヤのことが好きだから、サヤと一緒に居たいんだ。そうじゃなきゃ絶対にイヤだ」
 せきを切ったようにあふれ出す想い。好きだ好きだと連呼する透に、サヤは頬を真っ赤に染めた。
「そんなこと言われたら……私、困っちゃいます。幸せすぎて……」
 言葉通り少し困ったような、それでいてこの上なく幸せそうな笑顔。自分がそんな顔をサヤにさせているのだと思うと、透の心もなんだか温かいもので満たされた。
 しばらく二人して何も言わず、ただ見つめ合って気持ちを噛み締めていた、その時。ふいに、ジジ、とディスプレイにノイズが走ってサヤの姿が歪んだ。「あ……」とサヤの悲しげな声が聞こえる。
「もしかして……」
 サヤはこくりと頷く。
「もうお別れみたいですね。なんだか頭がぼうっとする……」
 言う間にサヤの姿は薄れていく。まるでフェードアウトしていく画面効果のように。
「お別れなんて言うなよ。ただ一旦会えなくなるだけだ。サヤが目を覚ませばまた僕たちは会える」
 ふ、とサヤが寂しげに微笑んだ。
「でも、こうやってディスプレイ越しに透さんと過ごした私の記憶はどうなるんでしょう? やっぱり消えちゃうのかな? せっかく好きだって言ってもらえたのに」
 サヤの声にもかすかなノイズが混じり始めている。いよいよその時が近付いてきたようだ。
「大丈夫、きっと沙耶は覚えてるよ。もしそうじゃなくても……何度だって言うよ。君が好きだって。心から愛してるって」
 今しかない、そう思うと普段は言えないようなこっ恥ずかしいセリフもためらいなく言えた。「ああ……」とサヤはいろんな想いのこもった吐息をもらす。
「とお……さん」
 透さん、と呼びかけたその声にざざ、ノイズが混じった。
「おねが……です。ずっと……いっしょ……」
 途切れ途切れの声。でも何を言おうとしたかは分かる。透は力強く、はっきりと頷いてみせた。
「さよならは言わない。またね、サヤ」
「はい……また会……ましょう、とお……さん。大好きです」
 大好きです、の部分だけがはっきりと聞こえて。それを最後に、ぶつんとディスプレイからサヤの姿が消えた。
 画面には「フォルダは空です」の表示。
 透は大きく息をはいて、天井を見上げて。ずっと我慢していた涙を、少しだけ流した。





 それから一週間ほど経ったある日。新太と聡子の姿が病院にあった。
「沙耶って子の実物に会ってみたい」 
 そう言い出したのは聡子のほうだ。透との一件があって以来さすがに元気をなくしていた聡子だったが、ようやく少しは元通りになってきたかなというところでいきなりそう来た。そしてそのお供に選ばれたのが、透以外で唯一事情を知っている新太だったというわけだ。
 二人は受付で御辻沙耶の名前を出し、中学時代の同級生を名乗った。新太のほうは実際その通りだし、聡子にしても年齢は一緒。お見舞い用の花もきちんと用意してきたので体裁は十分だ。
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26