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この手に君のぬくもりを

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 案の定、特に疑われることもなく二人は通され、沙耶の病室の場所まで教えてもらえた。そうしてエレベーターに乗り、一目顔を拝んでやろうと勢い込んで沙耶の病室の前まで来たまではよかったのだが――
「どうしてこんなにタイミングが悪いのよ……」
 小さな声で聡子がぼやく。
「タイミングも何も。あいつ、毎日ここに来てるって言ってたじゃねえか」
 そう。わずかに開いていた引き戸の隙間から、ベッドに寄り添うように座っている透の姿が見えてしまったのだ。入るに入れず、二人は廊下の壁に背中をもたれさせたまま立ち尽くしている。
「なによ。あんただってここに来るまでは何も言ってなかったじゃない」
「そ、それは……すまん。俺も気がつかなかった」
 少しの間、気まずい沈黙が二人の間を流れる。それを嫌ったのか、聡子は「はあ」とこれみよがしにため息をついた。
「失恋、かあ。初めてじゃないけど、やっぱりショック。慣れたりできるもんじゃないね、これは」
 新太は何も言わない。言うべき言葉が見つからないのだろう。
「桜井くん、すごく優しい顔してたよね」
「ああ。俺もあいつのあんな顔、初めて見た」
 またため息。恐らく聡子はこの一週間、何度も何度もこうしてため息をついてきたのだろう。
「あー、悔しい。ああいう顔、ちょっとくらい私にも向けてくれてもいいのに。私の何がダメだってのよ」
「いや、別に高峰さんが悪いわけじゃなくて、あいつは――」
「うっさい。あんたは黙ってあたしの話を聞いてればいいの」
「さいですか」と新太はがっくりと肩を落とす。自分のおせっかいな性分は実のところなんの得にもならないのだ、とそろそろ彼も気付いていい頃合なのだが。
「おや」
 その時だ。ふいに女性の声が聞こえてきて、二人は顔を上げた。
「あんたたち、何してんだい? こんなところで」
 沙耶の名前が書いてあるプレートと目の前の二人、そして聡子の手にあるフラワーバスケットの三つを見比べるようにしながら白衣に身を包んだその女性は声をかけてくる。そしてちらりと病室の中に目を向けて「ああ」と声を出した。
「なるほどね。入るに入れなかったってわけだ」
 得心がいった、とうふうに言ってから、改めて二人をじっと見つめてくる。
 なんだか新太と聡子はすっかり萎縮してしまっていた。この女性の放つ雰囲気に。実際のところ彼女はこの三人の中では一番背が低いのに、気分としてはずいぶんと上から見下ろされているような。
 聡子はもともと知らず、何度か顔を合わせているはずの新太も気付かない。目の前の女性が今病室の中にいる透の母親であることを。
 そして、母を含めた三人ともが知らない。その透が「聡子は母と似ている」と思ったということを。
「すまないね、気を使わせちまって。今あたしが声をかけてやるから、ちょっと待って――」
「いえ!」
 思った以上に大きな声が出てしまって、聡子ははっと自分の口をおさえた。
「ご、ごめんなさい。でも、いいんです。あたしたち、もう帰りますから」
「そうなのかい?」と女性は意外そうな声を出す。聡子はきょろきょろと視線を動かして、ふと、自分の持っているバスケットに気がついた。ポインセチアの花。花言葉は「祝福」。
「あの、これ……」
 聡子はそれを目の前の女性に向かって差し出した。
「もしよかったら、そこの病室にかざってあげて下さい。あたしからの気持ちなんです」
 女性はふっと微笑んで「分かったよ」とそれを受け取る。
「それじゃ、失礼します」
「失礼します」
 聡子と新太はほとんど同時に言って、エレベーターのほうへ歩いていく。その背中を見送りながら、女性――透の母はぽつりと言った
「我が息子も、いつの間にか罪な男になったモンだねえ」





 沙耶の手に触れる。
 柔らかい。温かい。こうしているだけで、全身が彼女で包まれているような気持ちになってくるのはどうしてなのだろう。
 初めてこうした時に感じた浅ましい衝動。それは今も心の中でくすぶりつづけている。
 それでいいんだ、と透は思うことにした。どうせ消そうとしたって消してしまえるものではない。ならばそれを受け入れて、それごと彼女に気持ちをぶつけるのが誠意というものなのだ、きっと。
「待ってるからね、沙耶」
 もう「サヤ」とは呼ばない。彼女が目を覚ましたとき、その時から桜井透という一人の男と御辻沙耶という一人の女の関係が始まるのだ。
 サヤの声を聞きたい。ディスプレイの中の彼女が消えてからもそう思うことは何度だってあった。何も言ってくれない沙耶を見ていて悲しくないか、と問われれば答えはノーだ。
 もしかしたら、沙耶が目を覚ますまでにまた聡子との一件みたいなことがあるかもしれない。きっとその度に自分は迷ってしまうのだろう。眠ったまま動かない沙耶と、全身で想いをぶつけてくる普通の女の子。どうしたって後者に気持ちが揺れてしまう部分があるのは、男として仕方がない。
「でも、僕の答えは一つだけだから」
 そう。たとえ迷ったとしても、行き着く先は一つだけ。答えを間違えたりはしない。自分、桜井透が愛するのは、この世で御辻沙耶の一人だけだから。
「沙耶、大好きだ」
 この声は彼女に届いているのだろうか。彼女が目を覚ましたとき、まず何というのだろうか。
 今から楽しみで仕方がない。
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26