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この手に君のぬくもりを

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 しばらく沈黙したあと、ようやくという感じで聡子はそれだけ言った。それからもう一度、大きく大きく息をはく。
「ホントは分かってたんだけどね。今日呼び出された時点で、そう言われるだろうってのは。今さら一発逆転でオーケーがもらえるなんて思えないし」
 聡子は一度言葉を切って、「あーあ」と声を上げながら空を仰いだ。
「でもやっぱり、こうやって面と向かってはっきり言われるとショックだなあ。精一杯強がろうと思ってたんだけど、ごめん。やっぱり無理」
 それから聡子はふっと視線を下ろしてきて、ぐいっと透に顔を近付けてきた。
「な、なに?」
 うろたえた様子を観察するように聡子はしばらくじっと透を見つめたあと、やがてこんなことを言った。
「ねえ桜井くん。最後に一度だけキスしてって言ったら、どうする?」
「え……」
 どきん、と透の胸が跳ね上がる。
「あたし、このままじゃ諦めきれないの。だから、キスして。そしたら桜井くんのことすっぱり忘れてあげる」
 無意識のうちに透の喉がごくりと鳴った。
 どうするべきなのか。聡子の真意が分からない。ここでそんなことをしたら余計に泥沼にはまってしまうのではないだろうか?
「高峰さん、僕は――」
 言葉はいらない、とでも言うように、透が言いかけたところで目の前の聡子はそっと目を閉じた。
 どうしても、ぷっくりとしたその唇に目がいってしまう。いつもは「あねご」なんて言われてる聡子だが、こうしてみるとやっぱり女の子だ。透は胸の高鳴りを抑えられない。今にもその唇に吸い寄せられそうだ。
 必死に理性を保ちながら、透はろくに回らない頭でどうにか考える。ここでキスをしたらどうなる? 本当に聡子はすっぱりこの想いを忘れてくれるのだろうか? それとも――
(……いや、違う。そうじゃない)
 ふと、自分の間違いに気付く。その瞬間、頭の中のモヤモヤがぱあっと晴れ渡っていった。
 目の前のことばかり見ていてはダメなのだ。透がそのとき思い浮かべたもの、それは悲しい顔をするサヤの姿。
「ごめん、高峰さん」
 ぐい、と両手で聡子の肩を押し返した。ぱちりと目を開けた聡子は一瞬だけショックをうけたような顔をして、それから無理やりにそれを打ち消すように微笑んでみせた。
「……うん。それでいいよ。ありがとう桜井くん、あたし、これで諦めがついた」
 その「あたし」という一人称を改めて耳にして、透はやっと気がついた。聡子に対して感じていたよく分からない想いの正体に。
 似ているのだ。誰にって、透の母に。この一人称だけでなくて、その人がかもし出す全体の雰囲気というか、そういうものが母に似ているのだ、この聡子は。今でこそああやって落ち着いている母だが、自分たちくらいの年頃だった時分には聡子みたいに元気一杯の少女だったのかもしれない。改めて聡子を見てみるとそう思えた。
「私は大丈夫。だから桜井くん、もう行っていいよ」
 無理やりに作った、痛々しい笑顔。「もう行っていい」というのは「一人にしてくれ」という意味なんだろう。
「分かった。それじゃ高峰さん、また明日、学校で」
「……うん。また、明日」
 何と言って別れたらいいのか分からなかったから、普通なのを選んでおいた。これで正解だったのかどうなのかは分からない。
 透は一人で歩き出す。立ち上がった瞬間に、びゅう、と冷たい風が吹き付けてきたけど、寒いとは思わなかった。火照った体にはこれくらいがちょうどいい。
 少し離れたところまで行ったあと、透は一度だけ振り返ってみた。聡子は大きく振りかぶって、手にした石を川に向かって投げ入れていた。「バカヤロー!」という声が、風にのってかすかに透の耳に届く。
 透はちょっと苦笑いしながらきびすを返して、マンションへの道のりを歩いていった。





 予感があった。サヤのことだ。今日は、たぶん。
 家に帰り着いた透はまずシャワーを浴びて、ひとまずリビングで落ち着いてお茶を飲んでから、クローゼットから一番気に入っている服を出してきてそれに着替えた。それから洗面台に行って、髪の毛もしっかりセットする。
 思えばサヤの前に出るときはいつも制服か部屋着のどちらかだった。今日くらいはちょっとオシャレをしてみてもバチはあたるまい。
 最後に玄関口にある姿見で全身をチェックしてから、「よし」と気合を入れて透は自分の部屋に向かった。もう何度も繰り返してきたように、椅子に座ってパソコンの電源を入れる。そしてパソコンが立ち上がるのを待ってから、サヤのプログラムを起動した。
「おかえりなさい、透さん」
 その声が聞こえただけで、ディスプレイの中でサヤが微笑んだだけで、目元が少し潤んでしまった。たったの二日間会わなかっただけでこんなことになるなんて。サヤと出会うまではこんな気持ち、知らなかった。
「ただいま、サヤ」
 万感の想いをこめて、透はいつもの言葉を口にする。
「あれ。驚かないんですね、透さん。てっきりものすごい勢いでディスプレイにかじりついて来るかと思ってたのに」
 はは、と透は苦笑する。
「まあいきなりだとそうなってたと思うけど、なんかさ、予感があったんだよ。今日はサヤとこうやって話せるんじゃないかって」
 サヤはほう、と感心したような顔をした。
「不思議な話ですね。虫の知らせってやつですか」
「そうだね。でも不思議って言ったら今のサヤのほうがよっぽど不思議な存在だと思うけど」
「あ……そういえばそうでした」
 くすくす、とサヤは手を口にあてて笑う。ころころと変わる表情、女の子らしい仕草。ああ、サヤと話しているんだなあと実感がわいてきて胸がいっぱいになる。
「ところで、この二日間はどうしてたの? ずっと眠ったままだった?」
「いいえ。実はちゃんと透さんの声は聞こえてたんです。でもそれに応えることがどうしてもできなくって……ちょうど植物状態になってる本当の私と同じような状況でした」
「そうなんだ……って、え? 僕の声は聞こえてたって、昨日母さんと話してたことも全部?」
「はい」とサヤにはっきりと返事をされて、透は思わず頭をかかえたくなった。
 確かに昨日は「サヤに聞かれているかもしれない」と思っていたし、「それでもいい」とも思っていた。だけどそれとこうやって直に「聞いていた」と言われるのとはまた別物である。
「僕が寝てるサヤの手を握って、その……変なことを考えたってのも、全部聞いてたってこと?」
「あ……はい」
 ちょっと顔を赤らめながら、サヤはいつもの上目遣い。照れたときに出るサヤのくせ。
「あ、あの……えっと、いいんです、透さん。気にしないで下さい。好きな人から求められるのは嫌じゃないっていうか、むしろ嬉しいっていうか……あの、だから……」
 しどろもどろになりながら、サヤは言葉を続ける。
「でも、眠っている私に、その……どうこうっていうのはやめて下さいね。いくら透さんが相手でもそんなのは嫌です」
「わ、わかってるよ」
 いや、あの時は分かっていなかったわけだが。これからだって最後まではさすがにやらないまでも――
「でも、これからずっとお見舞いに行ってたらそのうち我慢できなくなって、キスくらいはしちゃうかも」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26