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この手に君のぬくもりを

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 と言った。とたんに母は破顔する。
「自分の優しさを否定する必要はないよ。いざとなったらあんたは間違いなく前者を選ぶはずだ。そうじゃなきゃ、今みたいなことで悩んだりするわけがない」
 少し意外な言葉だった。どうやらこの母は息子のことをわりと信用しているらしい。なんと言っていいのか言葉を探していると、いきなり母が突拍子もないことを言った。
「あの人が死んでからね。あたしはいろんな男に抱かれたよ」
「え?」と思わず透は母の顔を見上げる。
「……なんだい、その顔は。あの人が死んでもう十五年ほど経つんだよ。その間、あたしが誰とも寝てないとでも思ってたのかい? あんただってもうそんなガキじゃあるまいに」
 なんだろう。なんとも言えない気分だ。誰ともどうのこうのというよりも、そもそも母の男性関係なんて透は想像したことすらなかった。
「まあいい。で、だ。いろんな男と関係を持ってはみたんだが、どうも満たされないんだよ。あの人と寝てるときに感じた充足感というか一体感みたいなものが他の男だと感じられないんだ。実際、あの人が死んで以来一度もあたしはオーガズムに達していない。『女は心で感じる』ってのはロマンチストのたわ言だとずっと思っていたんだけど、この歳になってそれは本当なんだって思い知らされたね」
 あまりにも生々しすぎる母の話に透はなんだか胸焼けしそうだった。普通、こんなの話を母が息子に向かってするだろうか? いや、この母に「普通」なんてものを求めるのがそもそも筋違いではあるのだが。
「さて、息子よ。心だけが繋がる関係というのはどうだった? あんたはずいぶんと入れ込んでいたみたいだけど?」
 なるほど、と透はそこまで言われて初めて気がついた。「体だけが繋がる関係」の一例として母はあんな話をしたのだ。そして透が今サヤと築いているのが「心だけが繋がる関係」というわけか。
「楽しかったよ。一昨日まではね。でもずっと思ってた。サヤに触れたい、抱きしめたいって。そこへ高峰さんに告白されて、その次の日にサヤの正体を知って。本格的におかしくなった。もう始めの頃みたいな関係にはどうやったって戻れないと思う」
「ふむ」と母は煙草を口にくわえて腕組みをする。本人はいたって真面目なのだろうが、どうにも締まらない格好だ。
「人間ってのは贅沢にできてるんだねえ。心と体、どっちか一方じゃあ満足できないってわけだ」
 これが結論なのだろうか。だとすると何も前進はしていない。
(それでも、まあ――)
「悪いね。これじゃあ何の参考にもならなかっただろう?」
「いや、だいぶ楽になったよ。結局、答えは僕が自分で出さないといけないってことだと思うんだ」
 何より効いたのが「それのなにがいけないんだい?」という一言だった。
 病院での一件があって以来、透は女の子にそういう衝動を感じること自体がなにかとんでもなく罪深いものであるかのように思ってしまっていた。
 でも、そんなわけはないのだ。それは男ならば誰もが持っているものであって、透だけが特別というわけではない。そんな当たり前のことすら思い出せなくなってしまっていた自分、それに気付かせてくれたという意味で母の言葉が持つ意味は大きかったと言える。
「ふむ。だいぶマシなツラになったね。答えは出せそうかい?」
「うん、多分。てゆーか、答えそのものは最初から出てたんだけどね」
 透はもう一度向き直して、ディスプレイに映る無表情なサヤを見てみる。じっとこちらを見つめてくるその視線、それが悲しげに見えたのはやっぱり気のせいだったようだ。





 一夜明けて、次の日の朝。
 透が目を覚ます頃にはもう母は家を出ていた。すっかり慣れっこになった一人の朝食を手早く済ませ、いつもより早めに家を出る。
 道中、冷たい風が透の身を容赦なく突き刺してくる。もうすぐ十二月、朝晩の冷え込みはもうすっかり冬のそれである。
 学校につくと、透は寄り道せずにまっすぐ教室に向かった。中に入ってみると、朝練に出ていたからか、聡子はもう来ていた。
 少しだけ躊躇する。でも、今のうちに逃げ道をなくしておかなくてはいけないと思った。誰のって、透自身の。
 聡子に話しかけて、放課後に「ある場所」で会おうと約束を取り付けた。昨日のこともあってか聡子の態度は少しそっけなかったが、それでも彼女はうなずいてくれた。それに感謝しつつ自分の席に戻り、授業が始まるのを待った。
 その後は何事もなく時間が過ぎていった。新太にはあれこれ訊かれたりもしたが、「今日の放課後にはっきりさせるから」と言ったらそれ以上は首を突っ込んでこなかった。

 そして、放課後。透はいつかの場所へと真っ直ぐに足を運んだ。
 三日前に聡子と来た場所。そう、あの河川敷の公園である。
 あの時はちょうど日が暮れかかっていて、夕焼けに染まるススキがきれいだった。何もかもを紅く染める夕日の中、それよりももっと赤く頬を染めた聡子に「恋人になって」と言われたのだ。
 今は午後四時を少し回ったところ。目に見えて日が短くなるこの季節だが、さすがにまだ夕暮れには早い。もう少し遅い時間にすればよかったかな、と透は少し後悔した。
 そう。今から透がやろうとしているのは、あの日の続きだ。中途半端になってしまったあの日の出来事をもう一度ここでやり直す。透なりに考えたけじめの付け方がこれだ。
 もしかしたら、この場所に聡子を呼び出すのは酷なことだったかもしれない。それでも答えを言うとすればこの場所しか思いつかなかった。きっと聡子は分かってくれる。きっと来てくれる。そう信じるしかない。
 その想いが届いたのかどうなのか、少ししか待たないうちに聡子はやってきた。透が手招きすると少しだけ顔をしかめて、それでもためらいなく歩いてきて透の横に腰掛ける。
「ベンチまで同じのを選ぶなんて、いくらなんでも悪趣味じゃない?」
 そう。透が腰掛けていたのは三日前にも透と聡子が並んで座っていたあのベンチなのだ。聡子が嫌な顔をするのも無理はない。
「うん、逆の立場だったらきっと僕も気分を悪くする。ごめんね、僕のわがままにつき合わせちゃって」
 聡子は「はあ」と諦めのため息をもらした。
「いいよ。惚れた弱み……ってのとはちょっと違うかもしれないけど、どうせあたし、なんだかんだ言って桜井くんの言うことには従っちゃうんだから」
 その言い草に、また透の中の男がざわざわと騒いでしまう。もしかしから聡子はわざとやっているのでは? そんなふうにすら思いたくなる。
「それでさ、今日来てもらったのは……言わなくても分かってるだろうけど、こないだの返事をちゃんとしようと思って」
 聡子は臆することなく「うん」とうなずいた。
「めんどくさい前置きはもういらない。イエスかノーかだけ、はっきりと聞かせて」
 どうやら聡子はもう覚悟を決めているようだ。だったら、と透も言うつもりだったいろいろなことを飲み込んで、結論だけを言った。
「ごめん。僕の答えはノーだ。高峰さんとは付き合えない」
 瞬間、聡子の表情がめまぐるしく変化した。大きく息をのんでから、理解、悲しみ、そして諦め。
「……そ、っか」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26