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この手に君のぬくもりを

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 けど、の後に続くのがなんなのだろうか、と少し考えてみて、すぐに気がついた。自分以外の人間がサヤに触れたことが気に食わないのだ。さっきの人がサヤを見に来たのだと気付かなかったのも、自分以外の人間がサヤに触れるという発想がなかったからだ。なんてつまらないものの考え方だろう。自分はこんなにもちっぽけな心の持ち主だったのか。
 胸のもやもやは晴れるどころか濃くなる一方だが、とりあえずそれはさておき今は訊くべきことを訊かないといけない。
「それで、サヤは? 元通りになった?」
 透が言ったとたんに母は表情を曇らせて、ゆっくりと首を横にふった。
「駄目だった。やっぱり原因が分からない、というかそもそもどうやって成り立っているのか分からないようなものを直そうったって無理があるんだよ。プログラムを修正してもらったから、イメージ画像だけは映るようになったんだが……」
 言葉を濁したことからして、それだけでは意味がないと母も分かっているのだろう。そう、イメージ画像だけ表示されたって何の意味もない。それならばまだ病院に行って眠っている沙耶を見ているほうがましというものだ。
 母はそれ以上何も言ってこなかったので、透は「見てくる」と言って部屋に向かった。いつものように椅子に座ってパソコンの電源を入れる。サヤのプログラムを起動させてみると、母の言ったとおり無表情なサヤの画像だけがディスプレイに映し出された。いつもの「おかえりなさい」という声は聞こえてこない。
「サヤ、僕が分かる?」
 呼びかけてみても反応はない。ただ無表情な画像がじっとこちらを見つめてくるだけだ。その視線がなんだか悲しげに見えるのは気のせいなのだろうか?
「サヤ、答えてくれよ、サヤ」
 むしょうに悲しくなった。むしょうに寂しくなった。
 サヤの声が聞きたい。サヤの笑顔が見たい。
 今は、今だけは。「触れ合いたい」なんていう贅沢は言わないから。
「笑ってくれよ。いつもみたいに僕の名前を呼んでくれよ。どうして、どうしていきなりこんな……」
 手元にあるキーボードを叩き割りたい衝動にかられて、すんでのところで思いとどまる。
 何故こんな想いをしないといけないのか、とサヤは言った。今なら透も心からそれに同意できる。どうして普通に出会えなかったのだろう。中学校のとき、どうして沙耶という存在に気付けなかったのだろう。それさえできていればこんな想いをせずに済んだのに。沙耶だって事故になんてあわずに済んだかもしれないのに。
「ごめん。僕のせいだ。僕がみんな悪いんだ。ごめん、サヤ、ごめん――」
「とおる、さん」
 はっと顔を上げた。今、確かに聞こえたのだ。透の渇望していたあの声が。
 でも、ディスプレイに映っているのは相変わらず無表情な画像だけで。
「サヤ? 僕だよ、僕はここに居る! サヤ、返事をしてくれ、サヤ!」
「透……さん」
 また聞こえた。画像は無表情なまま、ただ平坦な声だけが聞こえてくる。
「とおる、さん、透、さん、トオルさん、とおるさん、透さん――」
 まるでそれが自分の全てだと言うように。それさえ覚えていればあとは何も要らないとでも言うように。サヤはそればかりを繰り返す。
「……サヤ」
 その声を、その想いを正面から受け止めることが透には出来ない。苦しさに胸がしめつけられて、罪悪感に全身が押しつぶされそうだ。
「やめてくれよ。僕はそんなに想ってもらえるような人間じゃないんだ。君みたいな子にそこまで想ってもらえる価値のある男じゃないんだ……っ!」
 制服のブレザーを掴んだ手に力が入りすぎて、ボタンが一つ、ぷちんと弾け飛んだ。それにすら気付かず、透はただひたすらに耐える。
 きっとこれは断罪なのだと思った。サヤのひたむきな想いを、聡子の真っ直ぐな想いを踏みにじった透への、これは断罪なのだ。だから、逃げられない。逃げてはいけない。
「サヤ。僕は――」
「そのへんにしておきな」
 とん、と。背後からふいに肩を叩かれた。
「……母さん」
 振り向くまでもない。今ここに居てこんな言葉をかけてくれる人、そんなのは一人しか居ないのだから。
 気付くと、サヤの声は聞こえなくなっている。もう断罪は終わったのだろうか?
「最近のあんたが悩んでるのには気付いてた。あたしはてっきりこのサヤのことなんだと思ってたんだけど……どうやら、それだけじゃなさそうだね?」
 透は振り向かない。無表情なサヤの画像をただじっと見つめ続ける。
「あたしでよかったら話してみな。力になれるかどうかは分からないけど、聞いてやることくらいはあたしにもできるから」
 少し迷う。こんなことを人に話してもいいのだろうか? いくら母といえども軽蔑されたりはしないだろうか?
「母さん、僕――」
 それでも、最終的には「話して楽になりたい」という願望が勝った。透はぽつぽつと語り始める。
「告白されたんだ。サヤにじゃなくて、同じクラスの女の子に」
 意外だったのか、背後で母が小さく息をのむような気配がした。
「僕、その子のことは嫌いじゃない。どっちかって言うと、たぶん好きだ。でも、やっぱり僕はサヤのほうが……」
 透はイヤホンマイクを外していない。もしかしたらこの話はサヤにも聞こえているかもしれない。それでもいい、と透は思った。
「それなのに僕、はっきりと断れなかった。今も中途半端なままなんだ。高峰さんのほうが――僕に告白してくれた子のほうが手っ取り早いからって。手っ取り早くいろんなことができるからって」
 いろんなこと、というのが何を指すのか。はっきりと言わなくても母ならば分かってくれると透は思った。それが密かな甘えであることには気付かずに。
「昨日、病院に行って沙耶と会ったときもそうだった。動けない沙耶に向かって、僕は……」
 無表情なサヤの目が透を責めているような気がして。ついに耐え切れなくなって、透は下を向いた。
「僕、最低だ。女の子の体しか見ていない。いくらディスプレイの中でサヤが好きだって言ってくれても、結局は体がないとダメなんだ。僕にはサヤの想いに応える資格なんてないんだ……っ!」
 言葉にしてみると、意外なほど単純なことだった。全部を話し終えるのに二分とかからない。ひどく単純で、だからこそひどく難しい問題。
 かちん。背後で金属質の音がした。ふう、と息を吐き出すと共に、つんと鼻にくる独特のにおい。
 息子の部屋で煙草を吸う母親は、息子の悩みにひどく簡単な答えをよこしてきた。
「で? それのなにがいけないんだい?」
「……は?」
 あっけにとられる、とはまさにこのことだろう。思わず透は振り返った。
「あんたが醜くないとは言わない。けど男と女なんてそんなモンだ。恋愛ドラマに出てくるようなきれいごとばっかりじゃないんだよ」
 煙草を燻らせて、ふう、と煙を吐き出す。吸い殻はどうするのだろう、と思っていたら、母は上着のポケットから筒型の携帯灰皿を取り出した。なかなか用意がいい。
「一つ訊くけどね。あんた、心だけが繋がる関係と体だけが繋がる関係、どっちか一つを選べって言われたらどっちをとる?」
 まるで心理テストみたいな問いかけ。透はしばらく考えたあと、
「……分からない。どっちも嫌だよ」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26