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この手に君のぬくもりを

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 その時だ。階下から唐突に聞こえた声が、新太の言葉をさえぎった。透と新太は二人同時にそちらを向く。半ば予想できてはいたが、そこに居たのはやはり。
「高峰さん――」
 呟くようにその名前を口にしたのは、新太ではなく透だった。階段の下から二人を見上げている聡子はその声に応えるかのように一度透を見て、それから新太を見た。
「あ……えっと、俺はちょっと、どっか行ってるな」
 そそくさと新太は階段を降りていって、廊下へと消えていった。聡子とすれ違うときに何か一言二言言葉を交わしたようだったが、透の耳には届かなかった。
 入れ替わるように、聡子が階段を昇ってくる。とん、とん、とゆっくりとした歩調で一段ずつ上がってきて、やがて透の目の前に立った。
「……ごめんね。今の話、聞こえちゃった。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、二人が教室を出て行くのが見えたから……何を話すのかなって、あたし気になって。変なことになったりしたら止めなくちゃって」
「いいよ、別に。僕のほうこそごめん。新太よりも先に、高峰さんに聞かせてあげるげきだったよね」
 聡子はゆっくりと首を横にふる。ショートカットの毛先が風にあおられたカーテンのようにさわさわと揺れた。
「直接聞かされてたら、あたし、きっと信じられなかった。……違う、信じようとしなかった。だから、ちょうどよかったのかも」
 言い終わってから聡子はぐいっと顔を上げて、にらみつけるように透の顔を正面から見つめてきた。
「今の話は信じる。でもあたし、諦めないから」
 あまりにも強いその口調に、透は何も言えなくなる。
「桜井くんの答え、まだ聞かせてもらってないもん。あんなので納得できるワケないじゃない」
「あ……」
 そうなのだ。二日前のあの時、中途半端なまま別れてから透と聡子はろくに言葉を交わしていない。告白への答えは宙ぶらりんのまま、透の中でゆらゆらと揺れているだけだ。
「たとえあの子が現実に存在してたとしても……今は植物状態なんだよね? 結局桜井くんとはパソコンを通じてしか話ができない。そうでしょ?」
 否定したいけど、否定できない。聡子の言っていることは紛れもない事実だから。
「ねえ桜井くん、あたしは違うよ? こうやって目の前に居て、桜井くんと話ができる。触れ合うことだってできる。桜井くんのしたいこと、なんだってしてあげられる」
 聡子はまるで透に掴みかからんばかりの勢いだ。でもそうやって迫ってくる彼女の顔はびっくりするほど女の子らしくて。口を開こうにも、なんだか全身が痺れてしまったようで動けない。
「答えて。あたしとあの子、どっちがいいの? 桜井くんはどっちを選ぶの?」
 言わなければ。ここで黙っているのは優しさなんかじゃない。ただ臆病なだけだ。透はろくに回りもしない頭で考える。
 ――流されるな。思い出せ。ディスプレイの中で涙を流したサヤの姿を。病院で眠る彼女の手に触れたときの気持ちを。
 ――そう、僕がが好きなのは。
 いくつもの言葉が透の頭をよぎっていって、それでも口はいっこうに動いてくれない。下を向いたままじっと唇をかみしめていると、やがてふっと聡子の気配が遠のいた。
「……いくじなし」
 軽蔑さえ感じられる声を残して、その気配は階下へと消えていく。
 かん、かん、と力のない足音。まるで涙がしたたる音のようだと思った。





 何故言えなかったのか。何故はっきりと口にすることができなかったのか。
 昼休み以来、透はそればかり考えていた。
 もう答えは出ているはずなのに。今の自分が誰を好きかって、そんなの答えは一つしかない。
 では何故言えないのか。聡子を傷つけたくないから? 違う。このまま中途半端にしておくほうがよっぽど聡子を傷つけることになる。それは透だって重々承知しているつもりだ。
 そんなきれいごとではない。結局のところ、答えは出ているにも関わらずまだ透は迷っているのだ。
 何に迷っているのか。それをずっと考え続けて、ようやく透は答えにいきついた。
 病院で沙耶の手に触れたとき。今日、学校で聡子に迫られたとき。それらの時に感じたあの衝動こそがこの迷いの正体なのだ。
 最低だ、と思った。結局はそれが目当てなのか。自分の欲望を満たすためにはサヤよりも聡子をとったほうが手っ取り早いという打算がどこかにはあるのだ。だからちょっと迫られたくらいで簡単に惑ってしまう。
 学校が終わって、透はすぐ帰途についた。誰とも話をしたくない。誰とも顔を合わせたくない。早足で下校の道のりを歩いて、マンションにつくとすぐエレベーターに乗って部屋へと直行する。合鍵でドアの鍵をあけて中に入って、前をろくに見もせず自室に向かった。
「おや、早かったね」
 だから、リビングから声をかけられたときは少し驚いた。いつもならば玄関に靴があるかどうかで母が帰っているかどうかも分かるのだが、今日はそれを見ていなかったから。
 返事をせずに視線だけをリビングに向けて、その時はじめて透は来客に気がついた。リビングのソファーに座っているのは母一人ではなかったのだ。
「こんにちは。あなたが透君ね?」
 母と同じ年頃の女性だった。髪は短く、この歳にしては化粧があまり濃くない。肌はまるで日焼けなんて知らないように白いから、母と同じくインテリ系の人なのだろう。
「こら、ちゃんと挨拶せんか。この人がサヤのイメージ画像を作ってくれたんだから、あんたにとっても恩人のはずだろ?」
「え……」
 そこでようやく透は反応らしい反応を示した。サヤのイメージ画像を作った、ということはつまりこの人が母の知り合いだという大学の研究主任なのだろうか。
 改めて目を向けてみると、その人は「あはは」と朗らかに笑った。
「大したことはしてないんだから、恩人とか言われると困っちゃうけどね。――さて、透君も帰ってきたことだし、私はそろそろ失礼しようかな」
 言って、その人はソファーから腰を上げる。何をしにここへ来たのかは知らないが、どうやら用事はもう済んでいたらしい。
「ああ。忙しいところ、わざわざすまなかったね。この埋め合わせは必ずさせてもらうよ」
「うん、期待してる。それじゃ、見送りはいらないから。透君もまたね。……がんばって」
 その人が玄関へ向かう途中、透の横を通ったときにぽんと肩をたたかれた。頑張れと言われても、何を頑張ればいいのだろうか。
 玄関から出ていくその人の背中を見送ってから、透は訊いた。
「あの人、なにしに来たの?」
 とたんに母はきょとんとした顔をした。
「何言ってんだい。サヤを見てもらってたに決まってるじゃないか」
「あ……」
 それはそうだ。何故言われるまで気付かなかったのか。あの人がこの家に来る用件なんてそれしかないだろうに。
「というわけで、悪いけどあんたの部屋に入らせてもらったよ。なに、別にあちこち探ったり荒らしたりはしていないから心配するな」
「別にそんな心配はしてないけど……」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26