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この手に君のぬくもりを

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 自分の心情をあえて口に出しているのは、サヤなりの誠意の見せ方なのだろうか。ぽろぽろと涙のしずくを流しつつ語るその姿はもはや悲痛ですらある。
「好きです、透さん」
 もうダメだ、と透は思った。自分を抑えきれなくなっているのはサヤだけではないのだ。
 心を決めて透が返事の言葉を口にしようとした、そのときだ。ぷつんという音がして、唐突にディスプレイが真っ暗になった。
「え……」
 何が起こったのか、理解するのにしばらく時間がかかった。
「サヤ……? どうしたんだ、サヤ、サヤ!」
 何度も呼びかけてみるが、何の反応もない。一度サヤのプログラムを閉じて再起動させてみてもやはり何も映らないし何も聞こえない。パソコンそのものを再起動させてみても結果は同じだった。
 半ば途方にくれかけていた透の頭に、ふと母の顔がよぎった。そうだ、母ならば何か分かるかもしれない。
 祈るような気持ちで透は携帯を操作する。真っ暗なディスプレイを眺めながら、母が電話に出るのをただひたすらに待った。すぐには繋がらないことは承知の上だ。かなり長い間待ってみたが応答はなかった。一度切って、時間をおいて掛けなおしてみてもやはり母は出ない。
 仕方なく携帯を置いて、今度こそ本当に途方にくれていたとき、携帯の着信音が鳴った。母からだ。慌てて出る。
「母さん!」
 いきなり大きな声を出してしまった。「うるさい」とか言われるかと思ったが意外にもそんなことはなくて、
『何があったんだい?』
 むしろ優しい声が聞こえた。こんな母の声を聞くのはずいぶんと久しぶりな気がする。はやっていた自分の心が落ち着いていくのを透は自分で感じていた。
 透は順を追って今起こったことを話していった。サヤと話した内容、そしてその後に起こったこと。恥ずかしがってなどいられない。事細かにすべて説明する。
 だけど母の反応はかんばしくなかった。透が話し終えたあとしばらく黙り込んで、やがてこう言った。
『悪いけど、力にはなれない』
 非情ともとれるその言葉に、透の心が再び煮えくり返る。
「どうして! 母さんになら何か分かるだろ? もし無理なんだったらサヤの外見を作ったって言う人に頼んで――」
『透』
 短く、はっきりと、母はその名前を呼んだ。
『落ち着け。落ち着いてよく考えろ。そもそもサヤという存在そのものが超常現象なんだ。そこへさらに異常が出たからなんとかしてくれって言われてもどうしようもない。元々どうやってパソコンの中でサヤが形勢されていたのかすら私たちには分からないんだ』
「あ……」
 透は納得すると同時に絶望にも襲われた。では本当にどうしようもないのか。もうサヤと話すことはできないのか?
『そう悲観するな。もしかしたら異常は一時的なもので、明日になれば何事もなかったかのようにサヤと話すことができるかもしれない』
 その言葉が気休めであることくらい、透にも分かる。でも今はそれにすがるしかないのもまた事実であって。
『とにかく今日はもう寝ろ。あたしは多分今日は帰れない。明日あたしが帰ったときにまだ状況が変わってないようなら何か考えよう』
「分かった」と透が言うと「おやすみ」という優しい声が最後に聞こえて、電話は切れた。透は真っ暗なディスプレイに向かってまた何度か呼びかけてみて、やはり反応がないのを確認してからパソコンの電源を切ってベッドに潜り込んだ。





 次の日。
 朝一番にパソコンを起動させてみたがやはりサヤからは何の応答もなかった。仕方なく学校へ行って、じりじりと放課後になるのを待っていて、やがてやってきた昼休み。
 透は新太に呼び出されて、人気の少ない階段の踊り場まで連れてこられた。はじめは「話をする気分じゃない」と言って断ったのだが、腕を掴まれて強引に引っ張ってこられた形だ。
 用件は分かっている。今まで新太が見せてきた不可解な態度、今ならばそれに説明がつく。当人から相談されたのかそれとも単に気付いただけだったのかは分からないが、新太は聡子の気持ちを知っていたのだ。
「……なんだよ。僕、今はサヤのことで頭がいっぱいなんだ。悪いけど他のことなんて考えられないよ」
 そこまで理解していて、なお透はめんどくさそうな声を出す。とたんに新太の眉根がつりあがった。
「お前……マジかよ。あんなゲームにそこまでハマっちまって――」
「違うんだ」
 きっぱりとした声で透は新太の声をさえぎる。今さら「ゲーム」と言われたところで透の心が煮えくり返ることはない。厳然とした事実をこの目で見たのだから。
「違わない。あれは誰かが作ったパソコンの中だけの――」
「新太。いいから聞いてくれよ」
「聞かねえ。お前、分かってるのかよ? あんなのに惚れてみたってなんにもならないんだぞ?」
「いや、だから……」
「お前、高峰さんにコクられたんだろ? んで今の様子からしてお前はそれを断った、と。理由はなんだ? やっぱりあの人工知能のことかよ? そんなのおかしいと思わないのか?」
「あの、ちょっとは僕の話を……」
「目を覚ませよ、透。お前、高峰さんのこと嫌いじゃないんだろ? だったらとりあえず付き合ってみて――」
「だあああぁ! もう、いいからとにかく聞けよ!」
 ついにしびれを切らした透が奇声をあげた。新太は続きを言うために開いた口をぽかんとそのままにして透を見ている。透とはそれなりに長い付き合いの新太だが、透がこんな声を上げるのを見るのはたぶん初めてのはずだ。
「新太。サヤは人口知能なんかじゃなかったんだ。僕、昨日病院に行って――」
 やっとのことで大人しくなった新太に向かって、透はゆっくりと説明していく。透と新太の同級生だった沙耶のこと。その彼女が事故にあって植物状態になったこと。そして、サヤの誕生秘話。
 新太がこの話を信じてくれるかどうかは一つの賭けだった。ヘタをするといよいよ頭がおかしくなったかと思われるかもしれない。透は新太の反応を見つつ、言葉を選びながら慎重に話を進めて、やがて全部を話し終えた。
「御辻、沙耶さん……」
 反芻するように、新太はその名前を呟きながらあごに手をやった。
「やっぱり信じられないか?」
「……いや。俺、御辻さんと同じクラスになったことあるよ。メガネかけてて、いつも図書館に行ってた子だろ? お前んちに行った時は比べようとも思わなかったんで気付かなかったけど……言われてみれば確かに同じ顔かもな。今思い出したけど、事故にあったらしいってのも同じ中学だった子に聞いた覚えがある。植物状態になってるってのは知らなかったけど」
 推考するように言葉を続ける新太の顔にやがて広がっていったのは、疑念ではなく理解の色だ。
「じゃ、信じてくれる?」
 新太は「うーん」と唸ったあと、
「確かにそう考えたほうがいろいろ納得できる部分はあるよな。あのサヤは何のために作られたのかとか、なんでお前のところに来たのかとか。今まで分からなかったことがお前の話を信じるとすれば全部説明できちまうわけだしさ」
 言葉通り納得したように何度か頷いてから、新太は改めて透を見た。
「でも、じゃあどうするんだ? 高峰さんのことは――」
「もういいよ、斉藤くん」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26