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この手に君のぬくもりを

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 ディスプレイに映るサヤの顔を改めて見てみる。こうやって話している限りでは友達ができないタイプには決して見えないのだが。
 透の視線の意味に気付いたのか、サヤはくすりといたずらっぽく笑った。
「私、高校に入ってから頑張って変わりましたから。誰かさんのハートをゲットするために」
「う……そ、そっか」
 ストレートに言われて照れてしまう透だったが、なるほどと納得もしていた。中学校の頃の写真を思い出せばなんとなく分かる話だ。メガネをかけた、地味な――言ってしまえば目立たない女の子。たしかにあれだと図書館で分厚い本でも読んでいるのが似合っているかもしれない。
「そうなんです。それで、えっと……ああそう、だから私いつも一人で本読んでたんですね。そしたら……きっと透さんは覚えてないんですよね。ちょうど今くらいの季節です。ずっと読みたくて、でもずっと貸し出し中で読めなかった本がやっと返ってきて。喜び勇んで読もうと思ったら、その本、本棚の一番高いところにしまわれてて……私、手が届かなかったんです」
 まあ彼女の身長では無理もない話だ。本棚に向かって必死に手を伸ばすサヤの姿を想像して、透は思わず小さく噴き出してしまう。とたんにサヤがぷうと頬を膨らませた。
「あー、笑いましたね。笑わないって言ったのにー。もういいです、そんな透さんには教えてあげません」
「うわ、ごめんごめん。怒らないでよ、サヤ」
 わりと本気で慌てている透を見て、今度は逆にサヤがぷっと噴き出した。
「冗談です。そんなことでいちいちヘソ曲げたりしませんって。それに私が笑わないでって言ったのはそこじゃありませんしね」
「ぬう」と納得のいかない顔をする透を尻目に、サヤは微笑んだ顔のまま話を先に進める。
「それでね。手が届かなかったから何か台になるものはないかなって探してたら、いきなり後ろから『どれが読みたいんだ?』って」
 サヤは「どれが読みたいんだ」の部分だけ声を低くして言った。その声の主を真似ているのだろう。話の流れからして、その声の主というのは――
「それが、俺?」
「はい。思い出しませんか?」
「うーん……」
 首をひねって思い出そうとしてみるが、どうにも記憶から抜け落ちてしまっているようだ。それどころか、そもそも中学校の図書館がどんなところだったかすら思い出せないときている。滅多に行く機会のなかったところだけに、逆にそこでの出来事が印象に残っているとかそういうことがあってもよさそうなものだが。
「……ごめん、さっぱり思い出せないや。俺、その時なにしに図書館に来たかとか聞いてない?」
「聞いてませんよ。だって、会話らしい会話って言ったら最初の一言だけだったんですから」
「へ?」
 思わず間抜けな声を出してしまう。
「『どれが読みたいんだ?』『だから、どれが読みたいんだって訊いてるの』『えっと、これ?』『はい。――どういたしまして』……こんだけ。多分だけど、中学校の時に透さんと話したのはこれが最初で最後だったと思います」
「……それだけ?」
「はい。それだけです」
 ちょっと待て、と透は思う。今はサヤが透を好きになったきっかけについて話していたのではなかったのか? それがたったそれだけとは一体どういうことなのだろう。
「変に思いますか? でもね、女の子が恋しちゃうきっかけなんてそんなものなんだと思うんです。特別なことなんて何も必要ない。なんでもない一言がまるで宝石みたいに輝くんですよ」
「さすがは文学少女」とでも言いたくなる言い回しだが、透にはさっぱり分からない。たったそれだけのことで本当に人を好きになったりするのだろうか?
 しきりに首をひねっていたら、くすくすとサヤが小さく笑った。
「そんなに深く考えないでくださいよ。私だってそのときいきなり『惚れたー好きだー』ってなっちゃったわけじゃありませんから。本当に透さんのことを好きになったのはそれからです。その一件があってから私、ずっと遠くから透さんのこと見てて……話しかけたくて、でも話しかけられなくて」
 サヤは一度そこで言葉を切って、小さくため息をついた。まるで自分で自分に呆れているように。
「変なこと思い出しちゃいました。実は私、透さんのあとをつけてこのマンションまで来ちゃったことがあるんですよ」
「……マジで?」
 それだとまるっきりストーカーだ。今でこそ透とこういう関係になっているからいいようなものの。
「マジです。って言っても最初はそんなつもりじゃなかったんですけどね。学校が終わったあと、今日こそは話しかけようって決心して下駄箱のところで待ってて、でもいざ透さんが降りてきたらあと一歩の勇気がどうしても出なくって……それでも諦めちゃダメだって思って追いかけてたらいつの間にかあとをつけてるみたいになってて、気付いたらこのマンションまで来ちゃってたんです」
 サヤはもう一度、今度は盛大にため息をついた。
「よっぽど自信がなかったんですね、私。そういえば、変わろうって決心したのってあれがきっかけだったのかなあ」
 そう言って、ふとサヤは視線を落として自分の右手を見た。
「話は変わりますけど……そういえば透さん、私の手に触ったんですよね」
 いきなり言われて透は返答に困った。一体どうして今の流れからそこに繋がるのだろう?
「本物の私を見てそんなことをしてくれるってことは、変わろうとしたのが少しは報われたってことなのかな。それはそれで嬉しいんですけど……」
 きゅ、とサヤは右手をにぎりしめる。
「透さんだけそんなことできるなんて……ずるいです。私だって透さんと手を繋ぎたい。優しく抱きしめて、キスしてほしい。ねえ透さん、私だって女なんですよ? 透さんに恋してる、普通の女の子なんです。それが、どうしてこんな……」
 ディスプレイの中でサヤは透に向かって手を差しのべてくる。そこに触れるはずの何かを狂おしく求めるかのように。
 透も手を伸ばしてディスプレイに手のひらをくっつけた。そこからサヤの温もりは返ってこない。無機質な液晶の硬さがあるだけだ。
 はらり。サヤの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「どうして事故になんてあっちゃったんだろう。どうして普通に透さんと会えなかったんだろう。ねえ透さん、今の私、どう思いますか? 中学生の頃よりきれいになってますか?」
 言ってから、ふっとサヤは口元を自嘲に歪ませる。
「笑っちゃいますよね。私、きれいになって、自分に自信がついたら透さんに告白しに行こうって思ってたんですよ。馬鹿みたい。そんな回りくどいことしないで、中学生のうちに告白しておけばよかった。そうすればもしフラれてもこんな想いはせずにすんだのに」
 何か言ってあげないといけない。透は強くそう思ったが、こんな時に限って言葉が出てこない。ディスプレイに触れた手に力が入ってしまって、みしりと液晶が音を立てた。
「見てください。この涙だって偽者なんですよ。この声だって、この体だって、全部作り物なんです。全部見せかけだけの嘘なんです。それなのに、私……どうしたらいいんだろう。私、本物の私に嫉妬してる。意識もないくせに透さんに触れてもらえる本物の私がものすごく羨ましい。ものすごく妬ましい」
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26