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「ナイフ」

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 ちなみにこいつはスケーターの間でもスケコマシとして有名で、聞いたところによると落とした女は百を超えるだとかなんとか。でも最後のところではしっかりしていて、誰かの彼女を奪うようなことをしたこともなければ、相手を妊娠させたこともないらしい。フェミニストのセックスマシンガン。本人が自分のことをそう評しているのを何度か聞いたことがある。
「ま、勝手にやればいいんじゃね?」
「そっか。んじゃ、ちょっと声でもかけてくるわ」
 とか言って、本当に行ってしまった。大丈夫だろうか。エミーがじゃなくて、あのスケコマシが。
「ま、女の扱いに慣れてるってんならちゃんと引き際もわきまえてるだろ」
 というか、よく考えたら俺はずっとエミーについていないといけないわけで。もしナンパがうまくいったとしてもそれはそれで困ることになるのだけど。
 とりあえず、気を取り直してもう一度階段の上へ。自分の番が来るのを待って、再び加速。今度は手すりの上に飛び乗ってスライドのテクニックを披露する。降りるときに回転をかけてクールにキめることも忘れない。
 再び湧き上がる歓声。イエイ。俺ってカッコイイ。
 いつまでもこの時間に浸っていたいところだけど、エミーとの約束をやぶるわけにはいかない。今日のライディングはここまでだ。
 ボードから降りて、さっきまでエミーが居たあたりを見てみると。
「……あれ?」
 居ない。あたりを見回してみてもそれらしい人影は一向に見当たらない。あのプラチナブロンドはかなり目立つから、いればすぐに目に付きそうなのだけど。
 どこに行ったのだろう。趣味に気を取られて護衛対象を見失うなんて、俺、職務怠慢もいいところだ。
 人に聞くのはなんとなく情けないけど、この際だから仕方ない。適当に顔見知りを見つけて、プラチナブロンドの女の子を見なかったか訊いてみたら、あっさりと答えが返ってきた。
「え、なに、あの子ってお前の連れだったの? あの子だったらあのスケコマシに連れられてどっかいっちゃったけど。多分メシでも食いに行ったんじゃね?」
「げ。マジかよ」
 どういうつもりだ、あいつ。俺は一応ボディーガードだってのに。
 反射的に携帯電話を取り出してみて、そこで自分がエミーの番号を知らないことに気がつく。しまった、せめて番号ぐらいは聞いておくべきだったか。
「どこに行ったか分かんねえか?」
「さあ。わかんねえけど、ここから行くっつったら商店街のほうしかねえだろ。つーかどうしたのよお前、まさか追いかける気?」
「変な意味にとらないでほしいけど、そうしないといけない事情があるモンでね」
 スケーターの男は思い切り変な意味にとったようで、ひゅうと口笛をふいた。
「やるねえ。あ、でも殴り合いのケンカはやめとけよ。俺が教えたせいでそんなことなったら、なんかこっちまで気分悪いしな」
 そんな心配は要らない――とも言い切れないのだろうか。事情はどうあれ、俺は今からデートの邪魔をしに行くわけだから。
 複雑な表情をしているスケーターにお礼を言って、急ぎ足で商店街のほうへ向かう。本来は思い切り走って行きたいところだけど、何があるか分からないので目立つような行動は避けたい。
 商店街の中へ入り、それらしいレストランをしらみ潰しに調べていく。連れが来ていませんか、プラチナブロンドの女の子とスケーターファッションの男の二人組みなんですけど。この台詞を一体何度言ったことだろうか。なんだか夢に出てきそうだ。
 商店街の端から端まで全部回ってみたが、結局エミーたちは見つからなかった。どこか俺の知らない店に行ったのかもしれない。それとも、既に何か異変があって――
「くそ。どこ行きやがったんだよ」
 湧き上がってくる嫌な想像を振り払って、再び足を動かす。とにかくもう一度広場に戻ってみよう。もしかしたら帰ってきているかもしれない。
 急ぎ足で人ごみを掻き分けながら商店街を抜けて大通りへ。信号にひっかかってしまったのでじりじりしながら信号が青になるのを待っていたその時、声が聞こえた。
「今日はありがとう。……うん、私もよ。また会えるのを楽しみにしてるわ。それじゃ、またね」
 この人ごみの中、一体どうしてその声を聞き分けることができたのか。俺とエミーはまだ昨日出会ったばかりだというのに。ひょっとすると、俺の普通ではない部分が関係しているのかもしれない。だとすれば、今この瞬間だけはそれに感謝してやってもいい気分だ。
 声が聞こえたのは道を挟んで反対側。見れば、黒のミニバンに向かってにこやかに手を振っているプラチナブロンドの姿が確かにそこにあった。
「……車かよ。道理で見つからないわけだ」
 腹立たしさと安堵、両方がいっぺんに襲ってきてわけが分からない気持ちになる。とりあえず信号が青になったので横断歩道を渡り、手が届くぐらいに近付いたところで声をかける。
「おい、こら」
 エミーのほうもこちらに気付いては居たようで、俺が低い声を出してもびくりともしなかった。
「一応、探しはいたみたいね。それだけは褒めてあげる」
 こちらを向きもせず、あさっての方向に目を向けたままエミーはいけしゃあしゃあと言う。
「褒めてあげるって……お前なあ。離れ離れになっちまったら俺がボディーガードやってる意味がねえだろうが。何かあったらどうするつもりだったんだよ?」
「あら、そうだったわね。忘れてたわ」
「この――っ」
 思わず逆上しそうになった自分をなんとか抑える。人の気も知らないで、こいつは。俺がどれだけ――
「あれ? なんで心配なんてしてんだ、俺」
 そうだ。俺がこいつを守るというのはあくまで仕事であって、俺の感情ではない。だというのに、何故俺はあんなにも必死に?
「ふうん。心配してくれたんだ」
 どうやら小さく呟いたのを聞かれてしまったらしく、エミーがいかにも面白そうに口の端を吊り上げた。
 しまった。俺としたことが。今のはかなりの失言だ。
「でもアンタに怒る権利なんてあるのかしら。ボディーガードのことだってアンタが自分から職務を放棄したようなモンでしょ?」
 怠慢どころか放棄ときたか。いくらなんでもそこまで酷くはないだろうに。
「いや、スケートに気をとられちまったのは確かに悪かったけどさ。一応お前のほうを気にしながらやってたんだぞ?」
 まあ最終的には見失ってしまったのだからあまり偉そうなことは言えないけど。と、心の中でだけ付け加えておく。
「それもあるけど……」と何かを言いかけて、エミーは一度口ごもった。それからキッと俺のほうに向きなおして、彼女特有の鋭い視線を向けてくる。
「言っとくけど、聞こえてたんだからね」
「あん? 聞こえてたって、何が」
「だから、その……アンタがあの人と話してたのが、よ。私のことをなんだかんだと」
 なるほど、あれのことか。でも、あの時なにかエミーの気に障るようなことを言っただろうか? あまり心当たりがないのだが。
「アンタ、私のボディーガードなんでしょ? 私をちゃんと守ってくれなきゃダメじゃない。なのに、何よ『勝手にやれば』って。ホント、ボディーガード失格よね」
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26