小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「ナイフ」

INDEX|10ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

「ああ? いや、あんなのはお前のプライベートじゃねえか。むしろ護衛する人のプライベートに踏み込まないのが一流のボディーガードなんじゃねえの?」
 いや、よく知らないけど。とまた心の中だけで付け加える。
「でも、じゃあもしあの人が私を狙ってる刺客だったら? アンタは私を助けることができた?」
「え。そりゃまあ、無理かもしれないけど……でもそんなのあり得ないだろ? 俺、お前が来るずっと前からあいつのこと知ってるぞ」
「そんなの関係ないの。常に最悪を考えて動くのがプロでしょ? しっかりしてよね、もう」
 まったくしょうがないんだから、とか言ってエミーはまだプンスカしている。まいった。どうやったら彼女の機嫌は直るのだろうか。そもそも言っていることが矛盾しているので、俺の方から折れてやるにしても妥協点が見つからない。そんなことを言うぐらいだったら最初からあいつに付いていったりしなければいいのだ。
 というか、おかしい。そもそも怒っていたのは俺のほうで、悪いのは明らかにエミーのほうだったはずだ。それが一体全体、どうしてこんなことになっているのだろう?
「もういいわ。さあ、夕食でも食べに行きましょう。私、もうお腹ぺこぺこよ」
「……は? いや、お前今食ってきたんじゃねえのか? あいつと車でどっか行ってたんだろ?」
「食べてないわよ。あの人とは夜景を見てきただけ。ああ、もう思い出させなでよ。ホント退屈だった。確かにどこでもいいとは言ったけど、まさかついさっき行ったばかりの場所へ連れて行かれるとは思わなかったわ。なんだかあの人、アンタ以上に下心丸出しだったし、適当なところで降ろしてもらったのよ。ああもう、無駄な時間を過ごしちゃった」
 酷い言われようだ。ちょっとかわいそうになってくる。スケーター仲間きってのスケコマシもこのエミーにかかれば形無しだ。
「でも、なんで最初からレストランとか行かなかったんだ? ハラ減ったって言ってたじゃねえか。お前のことだから、てっきり何か上等なものでも奢らせてきたのかと思ってたけど」
「うん。まあそうしてもよかったんだけど、一応予定ではアンタと食べる予定だったからさ」
「え」
 確かに買い物をしている最中にそんな話もした気がするが、それだけのために夕飯を奢ってもらうチャンスをふいにするとは。なんというか、変なところで義理堅い奴だ。
「さ、行きましょ。お店選びはアンタに任せるわ」
 エミーは先に立ってずんずんと歩いていってしまう。何はともあれ、一応彼女はあのスケコマシよりも俺の事を優先してくれたということなので悪い気はしない。うまいブイヤベースを出す店に彼女を案内して、注文を済ませて料理が出揃う頃には彼女の機嫌もすっかり直っていて。和気あいあいとまではいかなくても、それなりに和やかな雰囲気で俺たちは食事を楽しむことが出来たと思う。
「言っとくけど、居ないからね」
 途中、エミーはぽつりとこんなことを言った。「何の話だ」というようなことを俺が言うと、彼女はむっとした顔になって。
「だから、彼氏よ彼氏! 気付きなさいよ、ばか」
 ツンケンした彼女の態度がこの時だけは単なる照れ隠しだというのが丸分かりで、なんだかおかしくなってしまった。なんで俺にそんなことを教えてくれるのか、そんなことはどうでもいい。
 ほんのちょっとだけエミーとの距離が近くなった。そのことが、何故かは知らないけど俺の心を弾ませる。こいつのワガママもなんだか今なら笑って許せてしまいそう。そんな気分。

 でも、そんな雰囲気も夕食を終えて家に帰り着くまでの間しか続かなかった。
 先に異変に気付いたのはエミーのほう。確かに施錠していったはずの部屋の鍵が、何故か開いていたのだ。エミーが無防備にドアを開けようとしたので慌てて止めて、まずは俺が部屋の中に踏み入ってみる。
 そう、踏み入る。初めて実感したけど、たとえ自分の家であっても何か異変があった時点でそこは完全な敵地になるものらしい。何が潜んでいるか分からないという意味でもまさにそうだ。
「うわっ……マジかよ」
 いきなり銃弾が飛んでくるなんていうことはなかったが、中は酷い有様だった。ほとんどのものがひっくり返され、クローゼットの中身も全部出されている。見事にさかさまになったテーブルなんて、まるでひっくり返った亀みたいだ。シュールすぎて逆に笑える。
「ちくしょう。油断しすぎたかなあ」
 思わず膝をついてしまう。
 エミーを狙っている奴がどうやってかエミーの居場所を突き止めて、この部屋に乗り込んできた。意気込んで突入してみたはいいが誰も居なかったので、何か手がかりを探すついでに部屋を荒らした。恐らくそんなところだろう。むしろ「部屋に居なくてよかった」と安堵するべきなのかもしれない。
 だけど、自分の安住の地をこんなふうに荒らされてヘコまないやつがどこに居ようか。なんだか領土だとか聖地だとかの問題で年がら年中争っている人々の気持ちがちょっとだけ理解できたかもしれない。
「そんなに気を落とさないで。二人で手分けして片付けましょ。何かなくなってるものがないかも確認しないといけないし」
「……俺の安住の地がなくなってる」
「ばか。ほら、さっさと立ちなさいよ。この部屋に元々何があったかなんて私にはわからないんだから」
 いつまでもへたり込んでいる俺を尻目に、エミーはてきぱきと部屋を片付け始める。どうやら彼女はたった一日過ごしただけで物の配置を完璧に記憶していたようで。この部屋元からあったものは元の場所へ。今日買ってきた彼女の荷物はまとめて別の場所へ。非常に手際がいい。無気力状態だった俺も、そんな彼女につられる形で片付けを開始する。
 例のボストンバックの中身までがひっくり返されているのを見つけたときにはさすがのエミーも一旦手を止めて何やら恨みがましいことを言っていたが、それでも彼女のお陰で何とか小一時間ほどで元の体裁を取り戻すことができた。元々そんなに物が多くなかったのが幸いしたかもしれない。ちなみに、無くなっているものは何一つなかった。
「あー、くそ。これだからこんな仕事は嫌だっつったんだ」
 片付けを終えてようやく元通りになったソファーに腰を落ち着けたあと、俺の口から出た一言目がこれだった。隣に座っていたエミーがむっとなる。
「なによ。仕事でしょ? これくらい我慢しなさいよね」
「これくらいって、お前なあ……って、やめやめ」
 なんでこう、エミーと居ると口を開くたびにケンカ腰になってしまうのだろう。こんなの、そのうちにお互い疲れてしまう。ここは俺が折れてやるのが一番いい。
「いちいち怒るなって。別にお前のせいでどうこうとか言ってるわけじゃねえよ」
 とりなすように言ってもまだエミーは気に入らないような顔をしていたが、それ以上何かを言うこともしなかった。彼女だって好きでこんな態度をとっているわけではないだろう。今日一日彼女と過ごしてみて、それぐらいはなんとなく分かったような気がする。
「とにかく、明日からはもうちっと俺も気をつけるから。お前もあんまし勝手にどっか行ったりしないでくれ」
「うわ、なにそれ。彼氏気取り?」
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26