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「ナイフ」

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 やはり心配なのだろう、バスルームに入る前にエミーはもう一度こちらを振り向いて「もし覗いたらただでは済まさない」というようなことを言った。ちゃんとバスルームには鍵がついていると説明したはずなのだが。まさか鍵をこじ開けてまで俺がバスルームに乗り込んでくるとでも思っているのだろうか。いくらなんでも俺を見くびりすぎだし、エミーのほうは自信過剰――でもないのだろうか。確かにあの外見があればそれだけで男を惹き付けるには十分だ。よく見るときちんと出るところは出ているし、スタイルだって悪くない。こんな女の子と一緒に暮らしていたら思わずクラっと来てしまって、ドアの一枚や二枚ぐらいぶち破って襲いかかりに行くのが健全な男子というものなのかもしれない。
「心配ならさっきの銃を持って入れ」と言うとようやく彼女は納得してくれたようで、バスルームの中に入っていってドアをバタンと勢いよく閉めた。どうやら鍵が本当にかかるかどうか念入りに調べているらしく、ガチャガチャとドアノブをいじる音がやかましく聞こえてくる。
 それが止んでしばらくすると、今度はかすかな衣擦れの音が聞こえてきた。いくら内装がきれいだとは言っても、この部屋は所詮ワンルームの安アパート。バスルームのドアだってさほど上等ではない。衣服を脱ぐかすかな音だって外に筒抜けだ。
 なんだかその音が妙に耳についてしまって、俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。薄っぺららいドア一枚を隔てた向こうで徐々に生まれたままの姿になっていっているエミー。かすかな物音が聞こえるたびに「今はどの部分を脱いでいるのだろう」とか想像してしまう。なんだか体が熱い。うっすらと汗をかいているような気すらする。
 エミーがシャワーにかけた時間は三十分ほどだったが、そこからドライヤーやらスキンケアやらをやっていたらしくバスルームが空いたのは結局彼女が入ってから五十分ほど経ってからのことだった。女の風呂は長い。噂に聞いていたとおりだ。あと、風呂上りの女が色っぽいというのも今日初めて実感した。スウェットとジーンズという部屋着に着替えた彼女もなんだか無防備でドキリとしてしまう。思わず目を惹かれてしまって「なによ。じろじろ見ないで」などとエミーに睨まれてしまうなんてことも経験した。
 ここで次は俺がシャワーを浴びるというのが当然の流れだと思っていたのだが、俺がバスルームに入ろうとするとエミーは急に「しまった」という顔になって、
「ちょ、ちょっと待って。あと十分……いや五分でいいから。ね、いいでしょ?」
 とか言い出した。訳が分からないまま曖昧にうなずいた俺を残して、エミーはまたバスルームに入って鍵を閉める。一体何なのかさっぱり分からない。エミーは言ったとおりに五分でバスルームから出てきたが、何をしていたのか訊いてみても答えてくれなかった。しかもなんだか嫌そうな顔をして「あんたねえ、もうちょっとデリカシーってものを学びなさい」とか言う。確かに女の子とちゃんと付き合った経験なんてないから配慮の仕方とかはよく分からないが、それ以上に俺はエミーが何を考えているのかさっぱり分からない。
 そんなこんなでようやくバスルームに入ることを許された俺だが、いざ入ってみるとエミーが使ったシャンプーやらの匂いが中に充満していてまたドキリとしてしまう。見慣れない女物のシャンプーやらのボトルが置いてあることにすら緊張を覚える。さっきは自身の反応に対して変な喜び方をしていた俺だが、初日からこんなことで本当にこれから大丈夫なのだろうか。しかも俺の場合、あの化け物が憑いているのだから余計に心配だ。
 どうにも落ち着かない気分のまま手早くシャワーを済ませてバスルームから出てみたら、もう部屋の電気は消えていた。どうやらエミーはもう眠っているらしい。しかも、俺のベッドを占領して。
「デリカシーとか何とか言ってたくせに、男のベッドで寝るのは気にならないのかよ」
 ぼやいてみても、もちろん答えは返ってこない。叩き起こしてもいいのだが、今日は移動やらなんやらできっと疲れているだろう。さすがに今ベッドから追い出すのはかわいそうかもしれない。毛布を顔の半分まで被ってすやすやと眠るエミーを見ているとそんな気分になってくる。
 俺は出来るだけ物音を立てないようにしながらクローゼットから予備の毛布を取り出してソファーで横になった。元々がソファーベッドとして売っていた物だから、俺一人ぐらいが寝る分には何の苦にもならない。
 時刻はまだ午後十時を少し過ぎたところ。いつもならまだ寝る時間ではない。目をつむってみてもなかなか眠くはならず、ソファーの上でごろごろとしていたら、ふいにエミーの声が聞こえた。
「ねえ、もう寝た?」
 一応は気をつかったのだろうか、声のトーンは抑え気味だ。眠っているフリをして無視してもいいのだが、ただごろごろとしているのも暇なので返事をしてみる。
「いや、起きてるぞ。どうかしたか?」
 俺が言うと、エミーはためたうようにちょっと間を空けて、こんなことを言った。
「リオ。あなたって、殺し屋なのよね?」
 これはまた、随分と直球で来たものだ。俺はその呼び方があまり好きじゃない。特に理由はないけど、なんとなく。掃除屋という呼称もあるにはあるが、そっちはもっと嫌いだ。
「ねえ、どうなの。答えてよ」
 俺が何も言わないでいると、エミーはなんだか切羽詰ったような声で問い詰めてくる。一体何の意味があるのかよく分からないが、こんなことを言うぐらいだから俺のちょっとした素性ぐらいは既に聞かされているのだろう。別に隠しておく必要はなさそうだ。
「普段やってることからすると、そうなるかな。自分でそう名乗ったことは一度も無いけど」
「そう」
 エミーはため息をつくように短く返事をして、少し間をおいてからまた妙なことを言った。
「人を殺すとき、あなたはいつも何を考えているの? どういう気持ちで人の命を奪っているの?」
 今度こそ、本当に意味が分からない。まさかエミーは人を殺すことに興味があるのだろうか。それとも、殺したいほどに憎んでいる相手が居る?
「……なんだよ。なんでそんなことを訊くんだ? 俺の仕事に興味があるとか?」
「違うわよ。別にいいじゃない、理由なんて。ねえ、教えてよ」
 さて、困った。何を考えているかと言われても答えようがない。何かいい言い方は無いかとあれこれ考えた末に、俺はちょっとしたたとえ話をしてみた。
「お前さ、パン屋のおっさんは毎日どんな気持ちでパンを焼いてると思う?」
「へ?」
 いきなり話が飛んだのでびっくりしたのだろう。エミーがおかしな声を出す。
「毎日毎日同じパンを焼いて。たまには新作も作って。そういう繰り返しの時間に何か特別な感情を抱いてると思うか? 答えはノーだ。頭にあるのは、失敗しないようにだとかそういうことだけ。考えてるにしてもせいぜいが『あー今日も朝が早くて眠い、かったるい』ぐらいのことだろ」
「もしかして、それと同じだって言いたいの?」
「そういうこと。いちいちあれこれ考えたりしねえよ。俺にとっては日常の一部なんだからさ」
 エミーは「うーん」と考え込むように唸って、それからつまらなそうに言った。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26