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「ナイフ」

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 クロエの葬式。その言葉が発された瞬間、彼女の死という出来事に生々しい実感を得てしまった。そんな気がした。
「あの場で何があったかはエミーから聞かせてもらいました。ステファーヌを生かした君の判断が果たして正しかったのかどうか。今はまだ分かりません」
 そうだ。あの時はそれが正しいと信じてああしたけど、それも結局は俺の独善でしかないわけで。「殺してくれ」と叫んでいたステファンが次に目を覚まして何を思うのか、それは本人にしか分からない。
「ですが、私個人としては君を褒めてあげたいですね。たとえ何があろうとも、人を殺すのが善いことだとは私は思いません」
 ――ちょっと、言葉に詰まってしまった。
 ドクターは今まで俺が何をしてきたかなんてとっくに知っているはずで。それを踏まえて今の一言を口にしたのだから。
「あ。そうそう、忘れるところでした。あの出来事の引き金になった破壊衝動ですが、君達に埋め込まれたチップが影響していたようです。だから、私は君達に二重に謝らないといけない。本当に申し訳ありません。あの男が君達にあんな爆弾を仕掛けていただなんて、私はちっとも気付かなかった」
 その語り口調から、ドクターがどれだけ悔いているかがありありと伝わってくる。ステファンはどうか分からないが、少なくとも俺はこれ以上ドクターを責めようなんて思わない。
「ステファーヌと君の衝動は取り除いておきました。君達があれに苦しまされることはもう二度とないはずです」
 そうか。それでようやく、何故自分がこんなにも落ち着いているのか、その理由が俺にも分かった。
 俺はあの「化け物」から解放されたのか。これはヘタをするとバンザイをして誰かと抱き合いたくなるくらい喜ばしいことなのだろうけど、まだ実感が伴っていないのでそれほどの気持ちは湧いてこない。せいぜい「肩の荷が下りた」程度だ。
「セドリックについてですが。君達にとっては忌々しいことかも知れませんが、彼はまだ生きています。殺人、及び殺人ほう助の罪で警察に拘束されていますから、いずれ法の裁きが下るでしょう。彼のしたことは殺人ほう助なんていう生易しいものではないのですがね」
 セドリック。あの男だけはたとえこれから何がとしても許すことは出来ない。逮捕されたというのなら、自分のやったことの重大さを時間をかけてじっくりと実感してほしい。そして、出来れば二度と外の世界に出てこないまま死んでほしい。
「彼があんなことをした動機ですけどね。どうやら彼は私のことを――いや、私がしたことを憎んでいたようです。単なる人殺しの道具として育てるはずだった君達が、いつの間にか人としての心を持ってしまった。彼はどうしてもそれを受け入れることが出来なかったらしい。だからこそ、あんなことをして君達の人格を否定しようとしたというわけです」
 思わずため息が出た。なんて下らないんだろう。そんな下らないことのために、あいつは一体どれほどのものを奪ったのか。エミーはセドリックに「お前よりもリオのほうがずっと人間らしい」というようなことを言っていたが、確かにそうだ。あいつに比べればいくらかは俺のほうがマシな自信はある。
 でも、と。そこで思考が一旦停止する。セドリックが殺人ほう助の罪に問われているというのなら、もう一人罰せられないといけない人間がいるはずだ。
「ドクター。俺は? 俺の罪状はどうなるんだ?」
 はっと、エミーが息をのんだ。こんな話、こいつに聞かせるべきではないのかもしれないけど。俺としてはちゃんと知っておいてほしい。知った上で改めて考えてほしい。
 ドクターはためらった様子でしばらく言葉を詰まらせてから、ゆっくりと慎重に語り始めた。
「そうですね。まず言っておかないといけないのは、ここが警察病院だということです。君は重要参考人として拘束されている身であって、本来ならばこうやって私たちと話すことも許されない身だ」
 事件の特殊性を考慮して特例が認められているのだ、とドクターは言って、それから重要な部分を話しにかかる。
「君の今後に関しては司法の判断に委ねるしかありません。人を殺して金銭を受け取っていたわけだから、本来ならば情状酌量の余地はないけど――今回はあまりにも事件が特殊ですからね。君に責任能力があったかどうか、まずはそこから始まるでしょう」
「責任能力があると判断された場合は?」
 こんなこと、訊かなくても分かっている。だけど自分の口から言うのはさすがにためらわれるから、この際ドクターから伝えてもらおう。嫌な役回りをさせてごめん、ドクター。
 ドクターはぐっと言葉を詰まらせてから、低い声ではっきりと言った。
「最悪の場合、終身刑や死罪も覚悟しないといけません」
 ぎゅ、と。怪我をしていない俺の右腕が、エミーの手に握られた。
「私もなんとか君の罪を軽く出来るよう、手を尽くしてみるつもりです。なあに、心配はいりません。きっと司法の人間も分かってくれますよ」
 明らかに無理をして軽い声を出したドクターに、なんだか申し訳ないような気持ちになる。
「ドクター。自分のしたことの責任をとる覚悟くらいは俺も持ってるつもりだから。何もドクターがそこまで――」
 俺が言いかけたところで、ドクターは「ちっちっち」と舌を鳴らして人差し指を左右に振った。この人特有の気障な仕草。
「分かってませんね、君は。私は何も君のためだけにそこまでやると言っているわけじゃありませんよ。もし君が重大な罰を背負うことになったら、私の愛しいエミーが悲しむことになるじゃないですか」
 ニヤニヤ笑いを口元に浮かべ、ウインクなんてしてみせるドクター。エミーは弾かれたように手を引っ込めて、真っ赤になって俯いてしまった。
「そんな顔をしなくても、若い二人に口出しするつもりは私もないですよ。馬に蹴られて死にたくはないからね。だけど、節度は守ってくれとだけ言っておきます」
「……はい」
 何故か緊張してしまう俺。別に後ろめたいことなんて何もないはず――だよな? うん、ない。……たぶん。
「それじゃ、あまり長居しても邪魔だろうから今日はこれで失礼します。それじゃ――」
「あ、ちょっと待ってくれドクター。もう一つだけ訊いてもいいか?」
「ん? 構わないですよ。なんですか?」
「いや、まあどうでもいいんだけどさ。ドクター、今までどこに居たんだ? エミーにすら会ってなかったって話だけど」
 俺が言うと、ドクターは何故か満足そうな笑みを浮かべてポケットから何かを取り出した。
「やっぱり私の変装は完璧だったみたいですね。……ほら」
 ドクターが取り出したのは薄っぺらい何かと小さな機械。まず薄っぺらい何かを顔に貼り付けて、小さな機械を口の中に入れてなにやらごそごそとやった後、そこに現れたのは。
『うるせえ、ガキ。文句あるなら来んな』
「ぱ……パン屋のおっさん?」
 ドクターは深々とうなずくと、口の中の機械――たぶん変声機だろう――だけを外して、顔はパン屋のおっさんのままドクターの声で語る。
「私はずっと君を近くから見守っていたというわけさ」
「い、いや、でもあそのパン、素人が焼いたにしては……」
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26