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「ナイフ」

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 処置室の中へ連れて行かれるステファン。また会えると信じている。お前はクロエと幸せにならないといけないんだ。
 その時、ふいに首筋に冷たいものが押し当てられたと思ったら、次の瞬間に細い針の刺さるチクリとした痛覚に襲われる。急激に意識がぼんやりしてきて、麻酔を打たれたのだと気付くころには俺の意識は闇へと転がり込んでいた。



 次に目を開けると、いきなり目の前にエミーの顔が現れてちょっとびっくりする。
「リオ! 目が覚めた?!」
 いきなり大きな声を出されて、頭がキーンと痛んだ。勘弁してくれよ。麻酔を打たれたのはこれが初めてじゃないけど、いつも寝覚めの気分は最悪なんだ。
 俺が顔をしかめたのを見て「あ、ごめん」とエミーが言ったその次の瞬間、横から伸びてきた手に思い切り掴み上げられた。
「ステフは! リオさん、ステフはどうなったんですか!」
 クロエの声はエミーの声よりもさらに輪をかけて大きい。まるで脳をガンガンと金槌で叩かれているかのような衝撃を必死でこらえつつ、俺はなんとか言葉をつむぎ出す。
「っつ……ステファンなら、処置室ってとこに。大丈夫、殺されやしない」
「本当ですか! 本当なんですね?! 彼、酷いことはされてないんですね?!」
「た、多分……すまんクロエ、勘弁してくれないか。頭が、割れそうだ……っ」
 途切れ途切れになんとか俺が言うと、クロエは俺の胸倉をつかんでがっくんがっくんと揺さぶっていた手をようやく離してくれた。ふう。まったく、死ぬかと思った。
 思わず手を頭にあててみて、そこで自分の拘束が解かれていることに気付く。しかもご丁寧に俺が寝ていた隣には仕事用の黒いボードが置いてある。見れば、エミーとクロエの手足を縛っていたロープも今は外されているようだ。
「何のつもりだ、あいつら」
 そもそもここはどこだろう、と思って顔を上げてみて、思わず「うっ」と息がつまってしまった。
 白だ。一面の白。壁から天井、床まで全部が徹底的に白で埋め尽くされている。ご丁寧なことに、四方の天井に取り付けられているスピーカーらしき物も白色だ。
 ――どくん。
 騒ぎ出す「化け物」を必死になって抑えながら、部屋の形状を観察してみる。天井はプラネタリウムみたいなドーム型。部屋の形はほぼ正方形で、広さはかなりのものだ。少なめに見積もっても百メートル四方はあるだろう。大人数の宴会でも開けそうな場所だ。入り口らしき場所はひとつだけだが、ノブも何も付いていない。普通のドアではなくて丸い形をしているから、もしかすると銀行の地下倉庫みたいに重厚で、しかも外側からしか開かないようになっているのかも知れない。
 ――どくん。
 抑えきれない衝動を抱えながら立ち上がる。ああ、よく考えたら今は抑制する必要なんてないんだ。壁を壊してしまえばここから脱出できるのだから。エミーが何かを言っているが、出来るだけそっちには意識を向けないようにして。
「ナイフ」発動。「化け物」が体を支配する。
 変な声を出したら二人を怖がらせてしまうだろうから、それだけには気をつけながら壁に走り寄って腕を一振り、二振り。大きな音がして、完璧だった白い壁が削れていく。ああ、気持ちいい。
 そこからはもうムチャクチャだった。壁、床、しまいには飛び上がって天井。とにかく傷のついて居ない場所なんてないぐらいまで大暴れしてようやく「化け物」は満足したようで、やがて体の自由が戻ってくる。俺は二人を傷つけないようにするのと、声を出さないようにようにするので精一杯。大きく肩で息をしながらその場に膝をついてしまう。
「……リ、リオ?」
 恐る恐るといった様子でエミーが声をかけてくる。クロエなんてすっかり怯えてしまって、近寄ってくることすらせずに遠巻きから俺の様子をうかがっている。
 ああ、結局怖がらせてしまったか。ま、当たり前だけど。あんな俺を見て怖がらないとしたらむしろその方が驚きだ。
「白は、苦手だって、前に言っただろ」
 思い切り息を切らせながら、途切れ途切れに声を出す。
「それ、こういうこと。白い物とか、なんつーか、そういう綺麗なものを見ると、無性に、壊したく、なっちまう」
 大きく深呼吸を一つ。ようやく呼吸と気分が落ち着いてきたところでエミーに目を向ける。幸いエミーの服装は白ではなく、街を案内した時に着ていたのと同じ黒を基調としたキャミーソールとミニスカート。彼女を見ても「化け物」が騒ぐことはない。
 何と言っていいか分からないというような顔をしてエミーはこちらを見ている。俺のことが怖くなってしまったのだろうか。それは嫌だ。
「なあエミー。俺、なんつーか――」
 俺が何かいい訳じみたことを言おうとしたところで、ふいにスピーカーから声が聞こえた。
『気が済んだか、欠陥品』
 セドリックの声だ。どうやら「化け物」もスピーカーには興味を示さなかったようで、配線もきちんと生きているらしい。
『貴様が衝動に身を任せた意図は分からんでもないが。残念ながらそこは特別に造られた地下施設だ。いくら壁を壊しても意味はないぞ』
 皮肉っぽいセドリックの台詞に俺が思わず舌打ちしたその時、隅っこで小さくなっていたクロエが勢いよく立ち上がった。
「彼を――ステフをどうしたの! ステフを返して!」
 どうやらどこかでこちらの様子をモニターしているらしく、クロエの声はちゃんとセドリックに届いたようだ。間をおかずに返答がある。
『ステフ? ……ああ、もう一個の実験体のことか。あれならばもう少しでそちらに行くはずだが』
 セドリックのその台詞に応えるかのように、円形の扉が外へと開く。背後から蹴り飛ばされたようで、文字通り転がり込むようにしてステファンが入ってきた。どういうわけか拘束を解かれている。
 再び扉が閉められる鈍い音を皮切りに、クロエが思い切りステファンのところへ駆け寄っていく。ステファンはどうやら意識はあるようで少し身じろぎをしているが、顔を上げようともしない。
 妙だ。何故ステファンはクロエを見ない? いや、それ以前に何故ここまで来る時に抵抗しなかった? さっきの感じでは、この部屋に入る前から拘束は解かれていたように見えた。
 胸騒ぎがする。何かがおかしい。
「セドリック! 処置室でステファンに何をした!」
『そんなに大きな声を出さなくても聞こえている。なに、別に大したことはしていない。あの実験体に植え付けあった破壊衝動を少し強くしただけだ』
 ――ちょっと待て。今こいつは何と言いやがった?
「うそだ。どんな処置をしたのか知らないが、そんな簡単に人の心を操ることなんてできるはずがない」
『人? 今貴様はあの実験体のことを人と言ったのか?』
 スピーカー越しに嘲るような笑い声が聞こえる。耳障りだ。
『よかろう。では見ているがいい。貴様が人と言ったものがどんな存在か。今から何が起こるのか、貴様になら分かるはずだ。同じ衝動を持つ貴様にならな』
「え、どうしたのステフ。なんで?」
 セドリックの声に重なるようにして、戸惑ったようなクロエの声が聞こえてくる。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26