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「ナイフ」

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 優しげな瞳でそう語るクロエの下で、寝転がったままステファンもしきりに頷いている。いや、お前らがそういうやつだから罪悪感が募るんだ。せめて恨みつらみを言ってくれれば少しはこっちの気も晴れるかもしれないのに。
 その時部屋のドアが開いて、例の裏切り者――というのも変なのだろうか。ずっとただの口うるさい家主だと信じていた婆さんが入ってきた。
 思い切り睨んでやったが、あちらは「ふん」と鼻で笑っただけで歯牙にもかけない。壁に背中をもたれさせて、誰かを待っている様子だ。
 しばらくすると、今度は反対側のドアが開く。入ってくるのは二十代後半くらいのまだ若い男。
 整った顔立ち。短く刈り込んだくすんだ色の金髪。見覚えがないはずがない。なんとか忘れようとして、それでもどうしたって忘れることのできなかった顔だ。
「……ふん。久しぶりだな、お前達」
 面白くもなさそうに鼻を鳴らすその男の名前はセドリック。どうやら天才と呼ばれているらしく、まだ十代だった頃からこの研究所の職員としてここに居た。俺たちを単なる研究対象としてしか見ていない忌々しいやつ。俺やクロエたちが「憎い」と言った、俺たちを人殺しの道具に仕立て上げようとした人間というのも他ならぬこの男だ。改めて声を聞いて気付いたけど、あの電話の相手――つまり俺にエミーを殺せと言ったのもどうやらこいつだったようだ。
 たぶん「化け物」を刺激しないようにだろう、ここの研究員は白衣を着ない。セドリックもさっきの男達と同じような黒いジャケット姿だ。胸元のバッジを見ると「研究主任」となっている。なるほど、ドクターが居なくなったあとはこいつがその役割を継いでいたわけだ。
「――セドリー義兄さん」
 ぽつりと呟くようにもらしたエミーの一言に、思わず「え?」と聞き返してしまう。
「兄さん? あいつ、お前の兄貴なのか?」
「ええ。義理の、だけどね。姉さんの結婚相手よ」
 なんというか。コメントに困った。こいつが結婚していたというのがまず驚きだし、ましてやその相手がエミーの姉、つまりドクターの娘だっただなんて。こいつとドクターが仲良く話しているところなんて見たことがないのだけど。
「エミリエンヌか。君と会うのも随分と久しぶりだ」
 名前を呼ばれて、エミーは嫌悪感を露にする。
「馴れ馴れしく声をかけないでほしいわね。姉さんの葬式で見せたあなたの顔、私は忘れることができない。あなたはちっとも悲しそうじゃなかった、それどころかむしろせいせいしたという顔をしていたように見えたのは私の気のせいだったのかしら?」
 セドリックはもう一度「ふん」と鼻を鳴らしただけで何も答えない。と、そこへ壁にもたれかかっていた婆さんが口をはさんだ。
「これでいいかい? あたしとしちゃあさっさと報酬だけ受け取って、こんな辛気臭い所とはおさらばしたいんだけどね」
「ふむ。そうだな」
 セドリックは短く言って、懐から何かを取り出した。
「報酬だ。受け取れ」
 セドリックが取り出した物が何なのか。それがはっきりと目に映るよりも早く銃声が鳴った。
 脳天に穴の開いた婆さんの体が大きく跳ねて、一度壁にあたってから床にどさりと崩れ落ちる。
 クロエが悲鳴を上げた。エミーは目を大きく見開いて息をのんでいる。ちょうど俺と並ぶようにして倒れてきた婆さんの死体を見ていると、無感情に人を殺せるはずの俺の心が何故だかざわついた。
「人殺し! なんてことすんのよ!」
 エミーが思い切り声を張り上げても、セドリックのこちらを見下すような視線に変化はない。
「そいつはお前達をここに連れてきた人間だぞ? お人好しも大概にしたらどうだ。反吐が出る」
 ドアから何人かの職員が入ってきて、手早く婆さんの死体を片付けていく。セドリックはそちらに視線を向けることすらせず、淡々と話を続ける。
「エミリエンヌの手配書は以前からそいつの手にも渡っていた。つまり最初に会った時からお前がクロード・マティスの娘であると気付いていたということだ。にもかかわらず、情にほだされたのかそいつはすぐに連絡を寄越すことをしなかった。それだけで十分な裏切りだ。死に値する」
 無感情な声が響く声の中で、エミーは下を向いて肩を震わせた。
「どうして……どうして姉さんはこんな奴と。こんな奴に惹かれたりしなければきっと死なずに済んだのに……っ!」
 まるで呪詛のように吐き出されるエミーの呟きが俺の耳に届く。彼女の姉はどこかの殺しのプロにやられたと聞いている。この男の妻であったばかりに、どこかの誰かから恨みを買って殺された。そんなところだろうか。
「ここでお喋りをしていても時間の無駄だな。おい、誰か居るか!」
 セドリックが外に向かって大きな声を出すと、何人かの男が駆け足で部屋に入ってくる。「お呼びでしょうか」と、明らかにセドリックより年上のリーダー格らしき男がはきはきと言った。
「女二人は五番の実験室へ。男二人は処置室へ連れて行け。後で私も行く」
 男達は「は!」と一度踵を揃えて敬礼し、それから俺たちに群がってくる。完全に軍隊だ。無駄と分かりつつもがいてみたらまた腹のあたりを殴られた。ちくしょう、マジでキレそう。
 引き離されるとき、もう一度クロエは「愛してる」とステファンに言った。俺はエミーのほうを見て、深々と頷いてみせる。大丈夫だ、きっとまた会える。
 俺とステファンは女の子たちとは逆向きに連れて行かれ、しばらく引きずられるように歩かされたあと「処置室」と書かれたプレートのある部屋の前で立ち止まった。
 そのまま少し待たされている間、なんとか拘束を解けないかともがいてみたがダメだった。俺にとっては特に拘束衣の外に巻かれた鎖が邪魔だ。拘束衣だけなら「ナイフ」で切り裂くこともできるが、さすがに鎖までは無理だ。このままの体勢でも「ナイフ」を使って周りの奴らを切り裂くぐらいのことはできるが、今そんなことをやってみたところで他の三人を危険に晒すだけだ。すぐには殺されないことを祈って、チャンスをうかがうしかない。
 ドアの横にかけられたプレートを見上げてみる。処置室。何の処置をするのだろうか。解剖して今後の研究に役立てる? いや、それだと今こうやって生かされている意味がない。きっとセドリックは俺たちを生かしたまま何かに利用するつもりなのだ。だとするとまだ諦めるのは早い。
 やがてゆっくりとした歩調でセドリックがやってくる。効果がないと分かっていても、思い切り睨みつけずにはおられない。
「さて、どちらにするか……ふむ、そうだな。こちらを処置室の中へ。残ったほうは女達と同じ碁盤の実験室へ連れて行け」
 こちら。そう言って指差されたのはステファンのほうだった。「ステファンに何をするつもりだ」と言ってみても、当然ながら返答はない。
 じっとステファンが強い視線を向けてきたので、それに応えて俺も深々と頷いてやる。僕のことはいいからクーをお願いします。きっとそのようなことをステファンは言ったのだろうけど、それを鵜呑みにするつもりはもちろんない。女の子たちのことは俺に任せとけ。だからお前も無事で居ろ。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26