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「ナイフ」

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「ステファァァァン!」
 大声で呼んでみると、まるで応えるかのように一発だけ見えない弾丸――「グングニル」が飛んでくる。かわす必要はないだろう。とか思っていたら、ほんのちょっとだけ俺のわき腹を掠めていった。
「……いてえ。あいつ、照準ミスりやがったな」
 実際のところは大して痛くもないのだが、わざと恨みがましく言ってやる。今のもクロエにはちゃんと聞こえるはずだ。
 思い切り加速をかけて、「グングニル」の飛んでくる方向へ。そんなに射程距離は長くないから、すぐにあの二人の姿が見えるはず。
「――居た!」
 グレーのハンチング帽をかぶり、緑の長袖Tシャツとジーンズに身を包んだ背の低い少年がステファン。その後ろに居るピンクのブラウスと黒いフレアー型の膝丈スカートをはいた黒髪の女の子がクロエ。森の中の少し小高くなった場所に二人仲良く立っている。
 懐かしき二人組。ハグでも交わして再会を喜びたいところだけど、向こうがどんな気持ちでいるのかまだ分からないから油断は出来ない。
 最悪の場合を考えて、真正面から突っ込むのではなしに円を描くように迂回。再び放たれた弾丸が俺の背中を通り過ぎていく。やっぱりあてるつもりはあまりないらしい。
「こら、お前ら! やる気ねえんなら最初から余計なことすんじゃねえ!」
 クロエが居るのだから大きな声を出す必要なんて全くないのだけど、なんとなくそうしたい気分。久しぶりに会った旧来の友が以前と全く変わっていなかった。そんな時って誰でも嬉しくなってしまうものだろう?
 しかし、ステファンはともかくクロエまで黙っているのはどういうつもりなのか。少しだけ大きな声をだせばもう十分に会話できる距離なのに。
 とか思っていたら、また弾丸が飛んできた。俺をかすめることもなくあさっての方向へと飛んでいったけど、なんだか今のが「あなたと話すつもりはありません」という意思表示のように思えて仕方がない。
「……よーし。そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるぞ」
 二人の周りを衛星のようにぐるぐる回っていたボードの軌道を少しだけ変更。一度減速してから、フェイントとして思い切りステファンのほうを睨んでやる。お、ちゃんと睨み返してきやがるな。偉いぞ。男はそうでなくっちゃ。
 そのまま思い切り加速する。ちょっとステファンが怯んだ様子を見せた隙に方向転換。ステファンを置き去りにして、クロエのほうへ。
「兄貴を無視するなんて、そんな悪い子のためにお仕置きターイム!」
 元々クロエは戦闘向きじゃないから、俺が向かってくるのを見てもろくに反応できない。
 ほんの一瞬の出来事。クロエの横を通り過ぎるその一瞬だけ、「ナイフ」の力を上向きに働かせてやる。その結果、何が起こるかと言うと。
「キャーッ!」
 下から吹き上げる風に煽られて、クロエのスカートがめくり上がるわけで。まるでどこかの古い映画の一場面みたいな映像が出来上がる。うん、このいたずらをやるのも久しぶりだ。てゆーかさすがはクロエ。純白とはなかなかやるじゃないか。
「な、なにするんですか、リオさん!」
 顔を真っ赤にして怒鳴ってくるクロエ。その後ろのステファンは一瞬ぽかんとした顔をして、それから憤怒の形相でこちらを睨んでくる。
「お、やっと喋ったなクロエ。つーかステファン、せっかく人がいいモン見せてやったってのにその顔はなんだ」
「いいモンって……人の下着を何だと思ってるんですか、あなたは! ステフ、もう撃っちゃいなさい! 撃ち落して!」
 ぎゃあぎゃあと金切り声をあげるクロエと、もう加速もせずにぷかぷかと空中に浮いている俺。二人を交互に見たかと思うと、ステファンはなんだか疲れたといった様子でがっくりと肩をおとした。
「え、何よ『もういい』って。私は――え? やだぁ、もう。ステフのえっち」
 かと思ったら、なにやら二人は俺のことなんてそっちのけでいきなりイチャつき始めた。ステファンが何か言ったらしい。
「……相変わらずだな、お前らも」
 時と場合をわきまえない。いついかなる時でも常に愛を語り合う。それがこのカップルの美点であり、同時に最大の欠点でもある。
「とりあえず、お遊びはこれにて終了ってことでいいのかな?」
 この二人についてはあまり深く考えないのが得策だ。ふらふらと地面に降りて「ナイフ」を解除。乳くり合っている二人を尻目に、何と言ってこの二人をエミーに紹介しようかと考える俺であった。





「ごめんなさい。ちょっと試させてもらいました」
 エミーを呼んできて、四人で夜明けの森の中。さっきまで俺たちが戦って(?)いた場所に腰掛けて、面と面を付き合わす。
「試す? 俺をか?」
「はい。四年も会っていなかったから、人が変わってしまっていないかまずは確かめたかったんです。結果的にはあんな方法であなたが以前のままだと思い知らされたわけですけど」
 両手でスカートの裾をおさえながら、上目遣いでジト目を向けてくるクロエ。エミーの瞳がアクアマリンだとしたら、クロエの瞳は黒真珠。ショートカットの髪も目じりの下がった瞳も真っ黒だ。歳は俺の二つ下。肌はエミーより少し日焼けしているだろうか。頬もふっくらと丸みを帯びていて、全体として彼女特有の柔らかな雰囲気を作り出している。
「酷いですよ。私の肌はステフにしか見せちゃいけないのに」
「あー、うん、そうだな。悪かった」
 見た目どおり性格も優しい子なのだけど、ステファンのことになると急に人が変わる。今だってスカートをめくられたことそのものに怒っているのではなくて、どうも「ステファン以外の男に下着を見られた」ということが嫌なだけらしい。
「……ちょっとアンタ、この子に何したのよ」
 と、これはエミー。いや、別に俺が何しようとお前には関係ないだろう――と言いたいところなのだけど、あんなことがあった直後だけにちょっと後ろめたい気持ちがあるのも事実なわけで。
「いやまあ、別に大したことは」とかお茶を濁しながら、目線でステファンに助けを求めてみる。キャスケット帽の下にある茶色の瞳が「しょうがないなあ、もう」とか言っている気がした。
「え? ああ、そうね、ちゃんと説明しなきゃ。あー、えっと、エミリエンヌさん」
 遠慮がちにクロエが言うと、エミーはくすりと小さく笑った。
「エミーでいいわよ。なあに、クロエ」
「あ、はい。ええっと、じゃあエミーさん、あのですね」
 何故かクロエはちょっと赤くなってもじもじしている。どうやらこいつの人見知りは直っていないようだ。ステファンと話すときみたいな傍若無人さがいつでも発揮できればある意味こいつは最強なのだけど。
「私と彼、ええっと、あ、そうだエミーさん。エミーさんは彼のこと、本名のステファーヌか、リオさんみたいに『ステファン』って呼んでくださいね。『ステフ』っていうのは私だけが使える特別な呼び名なんですから、使っちゃヤですよ。ねー、ステフ」
 うふふ、と幸せそうに微笑むクロエ。甘ったるい空気に毒されたのか、「う」とエミーが小さくうめく。
「わ、分かったわ。それでその彼、ええっと、ステファン? その子がどうかしたの?」
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26