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「ナイフ」

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 どうやらしつこく撃ってきていたらしいサブマシンガンの銃弾が、俺の右肩あたりに二、三発ほど見事に命中した。肩が焼けるような感覚、そこから徐々に重みを感じさせるような痛みと痺れが広がっていく。
「余計なところで根性見せてんじゃねえよ、クソッたれ……!」
 すぐさま壁を再び作って防御。そのまま真っ直ぐ逃げに入る。
「ちょっと、大丈夫なの? 何かすごい音がしたけど」
 銃声が聞こえなくなったのを見計らってか、エミーが目を開けて話しかけてくる。幸い彼女の位置からだと俺の傷口は見えないはずだ。
「大丈夫。誰も殺してない」
「いや、そうじゃなくてあなたが――って、どうしたのよ? なんか苦しそう。汗もかいてるし……」
「気にすんな。ちょっと疲れただけだ」
 正直痛みを堪えるのに精一杯で、あまり話している余裕がない。どうしても簡素な受け答えになってしまう。
「でも、あなた……え?」
「っく……」
 ちょうどその時、間の悪いことに俺の背中に回していたエミーの指が傷口に触れた。思わず顔をしかめた俺と、べっとりと血に濡れた自分の指先。戸惑った表情でその二つを交互に見ながら、アクアマリンの瞳が無言でうったえかけてくる。
「大丈夫だ」
「でも――」
「死にやしない。悪いけどちょっと集中させてくれ」
 短く言うと、エミーは口をつぐんでじっと俺の顔を見つめてきた。彼女から送られてくる視線に込められているのは、心配というよりもむしろ悲しみに近い。
「エミー。うしろ、見えるか」
「え、後ろ?」
 俺が言うと、エミーは身をよじって俺の肩口あたりから後ろをうかがう。
「うん、見える。ついてきてるのはバイクが三台。二台が二人乗りで、一台は一人しか乗ってない」
「そっか。サンキュ」
 何も言わずとも完璧な答えを返してくれるエミーが頼もしくもあり、誇らしくもある。こいつを守りたい、そんな気持ちが改めて湧き上がってきた。ほんの二、三発撃たれたぐらいが何だってんだ。俺の体よ、こんなときこそ普通じゃない部分を発揮しやがれ。
「山のほうへ行こう。一時しのぎだけど、こいつらから確実に逃げられる方法を思いついた」
 エミーは何も言わず、ただ深々とうなずいた。壁を作った状態で可能なだけ速度を上げ、山のほうへ。やっぱり馬力に差があるようで、一旦は引き離したはずのバイクのエンジン音が徐々に近付いてくる。
 やがて山道に差し掛かると、上り坂の影響をうけない俺のアドバンテージが出てくれたようで、追っ手との距離はそれ以上縮まらなくなった。どっちにしろこのままだとジリ貧なことに変わりはないけど。
「ねえ、どうするの?」
「この先、獣道に逸れてちょっと行けば崖がある。その下は森になってるから、そこから逃げれば一旦は追っ手を撒けるはず」
 俺が言うと「ん?」とこちらの意図を探るような視線がアクアマリンの瞳から向けられる。
「それって、つまり飛び降りるってこと?」
 ああもう、せっかく人が直接的な表現を避けて言ってるのに。台無し。
「まあ、そうなるな」
「だ、大丈夫なの? さっきこれ、飛んでるんじゃなくて浮いてるんだとか言ってなかった?」
 さすがに少し怖気づいたのか、気丈に振舞おうと努力している彼女の口元が引きつっている。
「うん、まあ飛べはしないけど。壁を解除すればゆっくり落ちることくらいはできる」
「崖って、どのくらいの高さ?」
「えーっと、まあビルの七階か八階ぐらいの高さかな。……怖いか?」
 俺が言うとエミーは少し迷うように視線を逸らして、それからゆっくりと首を横に振った。
「任せるわ。あなたを信じる」
 わお、なんとも嬉しい言葉だね。テンション上がっちまうじゃねえか。
 頃合を見計らって、舗装された道から逸れて山の中へ。速度を落とし、木と木の間を縫うようにしてボードを進ませる。ちらりと後ろを伺ってみると、追っ手たちはバイクを乗り捨てて徒歩で追いかけてきている。何やら無線のようなものを使っているから、ひょっとすると応援を呼んでいるのかも知れない。
「しつこい上に大げさ。一体何なんだ、あいつら」
 エミーの素性についてはもうおおよその見当はついているけど、仮にその通りだとしてここまで狙われる理由というのは一体何なのだろう。ひょっとしてドクターが何かやらかしたのだろうか。エミーに訊いてみたいけど、さすがに今は木をかわして進むのに精一杯でそんな余裕もない。おまけに時々後ろから銃声も聞こえてくるモンだから、ちっとも気を抜くことができない。
 そのまましばらく進むと、やがて木が途切れている地点が見えてくる。もう少しの辛抱だ。と言っても、最後に一番の難関が待ち構えているけど。
 いくら小回りが利くと行っても、さすがにこういう場所では徒歩のほうが有利だ。追っ手との距離が縮まってきている。崖へと飛び出したからといってすぐに壁を解除したのでは上から狙い撃ちにされてしまう。解除するのは出来るだけ距離を開けてから、出来れば下の森に突っ込む寸前くらいが理想的だ。
 段々と崖が迫ってきたところで、エミーが遠慮がちな声を出した。
「あ、あの……だ、大丈夫よね? 信じていいんだよね?」
「怖けりゃさっきみたいに目をつむってろ」
 崖はもう目の前。今さらやめろと言われてももう無理だ。
 本当を言うと、俺もこんな無茶をやるのは初めてなのだけど。きっとうまくいく。そう信じるしかない。
 背後からの銃声は鳴り止まない。崖まで、3、2、1――
「いっけぇぇぇっ!」
 ホバークラフト状態だったボードは、支えの地面をなくすと同時に一気に下へ。甲高いエミーの悲鳴をBGMに、しばしの自由落下に身を任せる。崖の上に居る追っ手たちの様子を伺っているうちに、みるみる迫ってくる地面。銃声はまだ鳴り止む気配はない。ええい、こうなりゃヤケだ!
 銃弾があたらないことを願いつつ、思い切って壁を解除。制動をかけるのではなくて、逆に地面へと加速する。いくつか木の枝をへし折りながら森の中へ突っ込んで、地面に激突する直前に全力でブレーキ。思い切り地面にこすりつけたデッキからバチンと火花が散った。
 十メートルほど雑草の生い茂った地面を削って、ボードはようやく静止する。懐かしき地面に足をつけ、溜め込んでいた息を全部吐き出して思い切り脱力。
「おい、エミー……ありゃ」
 呼びかけてみると、お姫様は「きゅう」とばかりに目を回していた。





「だって怖かったんだもん! 怖いに決まってるじゃないの! 悪い?!」
 目を覚ましたエミーが、自分の失態に気がついてまず言ったのがこれ。うっすらと射し始めた朝日を反射して目元が光っている。涙目になっている彼女なんて、見たのはこのときが初めてだろう。
「落ち着けよ。足、大丈夫か?」
 地面に降り立ったあと、適当な岩場を見つけて着席。俺のシャツを地面に敷いてエミーを寝かせたところで、彼女の右くるぶしから血が出ているのに気がついた。はじめは「まさか銃弾があたったのか」と動転したが、よく見ると単なる切り傷だった。さっき木に突っ込んだ時に枝か何かで切ったのだろう。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26