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「ナイフ」

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 幸い今回の仕事は真夜中だ。エミーが寝ている間にこっそり出て行って、手早く済ませて帰ってくればバレない可能性もある。
「って、そういう問題じゃなくてだな」
 エミーにバレなければいいということではなくて、俺が居ない間の護衛はどうなるのかということだ。もしかしたら俺とエミーが離れ離れになる瞬間を虎視眈々と狙っている輩が居るかも知れないというのに。しかも夜でエミーはこの部屋に一人きりとなると、人目を気にする必要も全くない。襲うには絶好の条件だ。
「だからって、本職の仕事をサボるってのもなあ」
 そんなことをすれば、今度こそ俺の存在価値が揺らいでしまう可能性だって大いにあるわけで。あちらを立てればこちらが立たず。完璧なる板ばさみ状態だ。
 とにかく仕事の時間までに「上」からの連絡が来ることを期待しよう。と思って待っていたのだけど、こんな時に限って仕事用の携帯はいつまで経っても鳴ることはなく。結局そのまま、そろそろ出発しないといけない時間になってしまった。
「ま、さっと済ませてさっと帰ってくれば大丈夫だろ」
 今日の仕事場所ならば、ボードで思い切り飛ばせばなんとか三十分ほどで往復できないこともない距離だ。幸いこの時間なのでそれほど人目も気にせずに済む。
 エミーが「飛行機みたい」と言った仕事用のボードを持って出発進行。アパートの外へ駆け下りて、はじめからトップスピードでボードを走らせる。あまり道を選ぶこともせずに、とにかく最短距離で。さすがに誰か一人ぐらいには見られていそうな気がするけど、出来れば「変わった形のバイクだな」ぐらいで見逃してもらえるとありがたい。
 俺の祈りが通じたのか、仕事は滞りなく終了。行きと同じように、帰りも最短距離ですっ飛ばす。事態は思った以上にうまく運んでくれたみたいで、部屋の前まで戻ってきたところで携帯を見てみるとまだ出発してから二十五分ほどしか経っていなかった。
 自分の手際の良さに満足しながら鍵を開けて、ドアを開いてみたら。
「――おい」
 まさかそこに今夜最大の障害が待ち構えていたなんてこと、誰が予想できるだろうか。
「中に入って、ドアを閉めなさい」
 エミーの声だ。部屋の明かりはついていないのでシルエットしか見えない。かろうじてパジャマ姿ではないというのが分かるぐらいなのだけど、問題はそこではなくて。
「何のマネだよ。そんなモン持ち出して」
 そう。思わず息が詰まってしまったのは、彼女がこちらに向けて構えている「それ」が目に入ってしまったから。
 銃だ。俺が渡した、女性でも扱える小型の拳銃。
「聞こえなかったの? ドアを閉めなさいって言ってるの」
 なんにせよ、エミーの様子が尋常ではない。素直に従って中に入り、後ろ手でドアを閉める。
「リオ。どこに行ってたの?」
 ドアを閉めてみても、銃口はずっと俺に向けられたまま。窓から差し込んでくる微かな月明かりもここからだと逆光になっていて、エミーの表情すら窺い知ることができない。
 これは一体何なのか。おふざけにしてはさすがに度が過ぎている。
「とにかくそれを降ろせよ。危なっかしくてしょうがねえ」
「どこに行ってたのか、正直に答えたら降ろしてあげる」
 まいった。まさか本当のことを言うわけにもいかないし。
「いや、見てのとおり、ちょっとライディングに。悪かった。なんだか急にやりたくなっちまってさ」
 ふん、とエミーが鼻で笑ったのが雰囲気で伝わってくる。
「その格好で? もうちょっとマシな嘘をついたらどうなのよ」
 しまった。そうか、俺ってば今いつもの仕事スタイルなんだ。ストライプシャツとヴィンテージのジーンズ。確かにスケートをやる格好ではない。でも、ライディングをやってきたってのは丸っきり嘘でもないのだけど。
「――人を殺してきたのね」
 温度のない声、という表現は小説とかで何度か見かけたことはあるが、実際に聞いたのは初めてだ。なんというか、周りの気温が一気に五度くらい下がったような気がする。
「私を守るより、人を殺すのを優先したのね」
 真っ黒な人影と化したエミー。こちらに向けれた銃口。いつもの快活さを全く感じさせない彼女の声。
 異空間。そんな言葉がしっくり来てしまうけど、ここって確か俺の家だよな?
「私を無視して、人を殺して。それで知らんぷりして明日からまた日常を過ごそうとしてた。そうでしょ?」
 彼女の口調は、詰問というよりもただ事実を確認しているだけといった感じ。返事を必要としないので、俺が黙っていても話は進んでいく。
「見損なったわ」
 吐き捨てるように言って、ようやくエミーは銃を降ろしてくれたけど。それよりも先に、最後の一言が銃弾となって俺を貫いている。
 見損なった。その一言に、どうしてこんなにも衝撃をうけるのだろう?
 さわがしくて、いつも振り回されてばかりで。でもそれなりに悪くないかなと思い始めていた彼女との生活。
 それが終わったのだと。あんな時間はこの俺には分不相応だったのだと。たったの一言でそれだけのことを思い知らされた気がする。
「正直に言うとね。ほんのちょっとだけ、あなたにもいいところがあるかなって思ってたの。猫を被ってない本当の私を受け止めてくれた数少ない人だったしね」
 二人称が「あなた」に戻っている。段々と距離が狭まって、もう少しで手が届きそうだった彼女の心。だけど油断したところで一気にスパートをかけられて、今度は周回遅れくらいまで引き離されてしまった感じだ。
「私、分からないわ。あなたはそれでいいの? そんなふうに人を殺すことで成り立っている日常を過ごして。いつ崩れるかも分からない危うい平穏の上に立って。そんなので満足なの?」
 何かを振り切るように、くるりと後ろを向いたエミー。その背中が震えているような気がして。でも手を伸ばす権利なんて俺にはないわけで。どうすることもできなくて、ただじっと彼女の後姿を見つめ続ける。
「あなた、そんな人じゃないのに。ちょっと変わってるけど、ちゃんと優しいところもあって。時々、子供みたいで。ねえ、教えてあげようか? 私ね、あなたと過ごす時間、けっこう気に入ってたのよ。いつも憎まれ口ばかりだったけど、心の中では『こういうのも悪くないかな』って。そう思ってたのに……っ!」
 裏切られた。彼女が声を詰まらせたその先には、こんな言葉が続くはずだったのではないか。そんな気がした。
「もしかすると、考えないようにしてたのかもかも知れない。あなたが殺し屋だってこと。何の感慨もなしにたくさんの人を殺してきた異常者だってことを」
 ふふ、と。自嘲に満ちたエミーの笑い声が、真っ暗な部屋に木霊する。
「だからね、あなたにはお礼を言っておくわ。ありがとう。私の目を覚まさせてくれて」
 ちっとも感謝の気持ちが篭っていない「ありがとう」を口にして、ふいにエミーはこちらに近付いてきた。思わず一瞬身構えてしまった俺を素通りして、彼女はドアを開ける。
「え。おい、ちょっと待てよ。どこ行くんだ」
「さあ。分からないけど、ここじゃないどこか別のところよ。こんなところ、もう一秒だって居たくない」
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26