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「ナイフ」

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 こら、勝手に俺の「ナイフ」を使うんじゃねえ。
 それだけで満足したのか、それとも完璧ではなくなったカーテンに興味を失ったのか。あっけないほど素直に「化け物」は再び眠りについて、体の自由が戻ってくる。
 あとに残されたのはぼんやりと立ち尽くす俺と、縦に切り裂かれたカーテン。
「さて、これをなんとかしないとな」
 白の紙テープでも貼っておけばそれほど目立たないだろう。もし気付かれて何か言われたら「ひっかけて破いてしまった」とでも言っておけばいい。いくらエミーでもこのくらいのことであれこれやかましく言うこともしないはず、と思いたいのだが。
 しかし、なんとも間の悪いことに紙テープが置いてあるのはクローゼットの中だ。昨夜「カーテンの内側には入るな」というようなことを言われたけど、この際はやむを得ない。起こさないようにこっそりと忍び込む――いや言い方が悪い、ほんのちょっとお邪魔するだけだ。
「てゆーかここ、俺の部屋だぞ。なんでこんなに遠慮しないといけないんだ」
 自分が置かれている状況の理不尽さを嘆きながら、物音を立てないようにカーテンをめくり上げる。ベッドの上で寝ているエミーは――
「……おい。うそだろ」
 居ない。ベッドはもぬけの殻だ。クローゼットの陰で着替え中、なんていうベタなオチもなし。
 エミーのことだ。どうせまたろくに危機感も持たずにどこかへ行ったのだろう――だとか努めて冷静に考えつつも、どうしても昨日のことが頭をよぎる。エミーの居場所を突き止めてやってきた侵入者。意味もなく部屋を荒らしていったバカな奴。
 でもそうでなかったとしたら? あえてああすることでこちらの油断を誘い、寝静まったころを見計らって再び襲撃に来るつもりだったとしたら。
「そうだ、電話。電話をかけてみりゃあいいんだ」
 昨日の反省を活かして、昨夜のうちにエミーの携帯番号は聞いてある。慌ててテーブルに駆け寄って、携帯を手に取――ろうとしたところで、向うずねを思い切りテーブルにぶつけてしまう。
「ーーーーっ!」
 痛い。声にならないぐらい痛い。
 って、こんなことやってる場合か。早く電話をしないと。すねをさすりながら携帯を手にとって、電話帳を呼び出す――あん? 登録件数ゼロ?
 あ、これ仕事用のやつだった。ああもう、何やってるんだ、俺。しっかりしないと。
 今度こそプライベート用の携帯を手に取って、電話帳を呼び出す。なんだか自分で思っている以上に俺は慌てているらしく、なかなかうまく操作できない。まるで機械オンチの年寄りみたいに時間をかけて、やっとの思いでエミーの番号を呼び出す。あ、てゆーかこれ昨日掛けてきてもらったやつなんだから着信履歴から掛ければよかったのか。ちょっとは落ち着けよ、俺。
 ちょっと緊張しながら発信ボタンを押す。プップップという発信音がもどかしい。「頼むから電波の届くところに居てくれ」という俺の願いが届いたのか、発信音はやがて呼び出し音に切り替わる。ワンコール、ツーコール――もしないうちに、あっさりと反応があった。
『はーい。リオ、起きた?』
 がっくりと全身の力が抜けてしまうぐらい能天気な声。ああもう、なんだかなあ。これじゃあ俺、完全にバカだ。
「お前、今どこ?」
『おやー? リオ君、どうして私が居ないことを知ってるのかなぁ。私のスペース、ちゃんと見えないようにしてあるはずだけど』
「え。いや、それは。俺だってその、仕事が――」
『覗いたでしょ。スケベ』
「っく……」
 屈辱だ。完璧に手玉に取られている男の姿、ここにあり。
「もうなんでもいいや。んで、お前どこに居んの?」
『さあ。どこでしょう』
「……おい」
『うそうそ。いちいち怒らないの』
 電話の向こう、楽しそうに笑うエミーの声が聞こえる。なんかこいつ、電話だと機嫌がいいのか?
『アパートの玄関に居るから。アンタも出てらっしゃいよ』
 なんだ、そんな近くに居たのか。慌ててしまった自分がますますバカらしくなってくる。しかし、そんなところで一体こいつは何を?
「まあ、行ってみりゃあ話は早い、か」
 電話を切って、玄関へと向かう。すぐそこまで出て行くだけだけど、念のためドアは施錠しておいた。
 階段を降りていって、玄関のところまで来たところで。俺は早くもここへ来たことを後悔した。
「おやおや、色男のお出ましだよ」
 そう、この人の存在を忘れていた。家主のおせっかい婆さん。何故だか昨日は居なかったので油断した。この人とエミーの組み合わせなんて最悪じゃないか。
「こんな可愛い恋人が居たなんて、あんたもなかなか隅におけないじゃないかい。ええ?」
 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる婆さん。ああ、ホント最悪。
「恋人じゃない。ちょっと事情があって一緒に住んでるだけだ」
「おやおや。あんなこと言ってるよ。いいのかい、エミーちゃん」
 エミーちゃん。どうやら俺が来るまでの間に二人は随分と仲良しになったらしい。史上最凶のコンビ、ここに誕生ってか?
「いいんです。彼、照れ屋だから」
 こら。誰が照れ屋だ、誰が。また悪ノリするつもりだよこいつ。
 ガラス越しに婆さんと相対しているエミーの服装は肩が露出したデザインの白いカットソー、下はデニムのミニスカート。なんとなく見覚えがある。確か昨日、あの商店街のブティックで買ったやつだ。「白は苦手だ」と俺が言ったら、エミーは嬉々として白い服ばかりを選びやがった。
「起きたんだったら朝ごはんにしようか。それじゃおばさん、またあとで」
「あいよ。またね」
 おや。てっきりこれから二人で囲んでネチネチと責めるつもりなのかと思ったけど、そうでもなかったらしい。エミーはずいぶんとあっさりきびすを返して、元気よく階段を昇っていく。ミニスカートの中身が見えそうで見えないのが、悔しいというかなんというか。
「こら、リオ坊」
 そのあとに続いて俺も部屋に戻ろうとしたところで、婆さんの声がかかった。
「燃え上がるのは若いモンの特権だから止めやしないけど、下の住人から苦情が来てるんだよ。ドタバタうるさいってね。ま、ほどほどにしておいてもらえるとワタシとしちゃあ助かるんだがね」
 この婆さんは完璧に勘違いしているみたいだけど、それはどうでもいいとして。ドタバタうるさいというのは何のことだろう。エミーの奴が暴れる音か、それともひょっとして昨日の侵入者か? まあそれが分かったところで特に意味はないが。
「あ、それとね」
 婆さんはさも今から大事なことを言うぞといった感じで一度言葉を切ってから、こんなことを言った。
「避妊はちゃんとするんだよ」
 勘弁してくれ。

 逃げるようにその場をあとにして、部屋に戻ってきた俺に向かってエミーが一言。
「ちょっと、何よこれ。なんでカーテンが破けてるの?」
「……忘れてた」
 ああ、なんかもう踏んだり蹴ったり。





 その日は特に何事もなく終わって、次の日。
 例の仕事は今日の夜だというのに、「追って連絡する」と言われて以降「上」からは何の音沙汰も無い。そのくせ標的の写真だけはしっかりとポストに投函されていたので、ひょっとすると「護衛のことは気にせず仕事しろ」ってことなのかもしれない。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26