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「ナイフ」

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「茶化すなよ。もし今日外で鉢合わせになってたりしたらマジでシャレにならなかったんだぞ」
「はいはい、分かってるわよ。以後気をつけまーす」
 ああもう、絶対に分かってないなこいつは。危機感というものがないのか。
 ただ、かく言う俺もそこまで悲観はしていないのも確かだ。というのもこの侵入者、どうにもやっていることが中途半端だ。
 そもそもの問題として、一体何のために部屋を荒らしたのか。
 ピッキングか何かで部屋の鍵を開けて中に侵入してみたが、誰も居なかった。それだったらクローゼットの中に隠れるなりして俺たちが帰ってくるのを待っていればいい。何故こんな、わざわざ「お前たちに危険が迫っているぞ」と教えるようなことをしたのか。
 あと、部屋の荒らし方もなんだか中途半端。片付けていて気付いたのだが、なくなっている物どころか壊れている物すらないのだ。テレビなどの電化製品は手を付けられておらず、ガラスだって割れていない。シュールな光景を作り上げていた天地逆さまのテーブルも、思えば一体何のためにそんなことをしたのかさっぱりだ。
 分からないことだらけだけど、今一つだけ断言できることがある。これはプロの仕業でもない。緻密な計画に基づいて行われているわけでもなくて、多分かなり行き当たりばったり。本当にエミーの命を奪うのが目的なのかどうか、それすらも怪しく思えてくる。
 夕方、一度荷物を置きに帰ってきたときはなんともなかったのだから、侵入されたのは大体午後六時から九時までの間くらいだろう。鉢合わせにならなくて助かったのは果たしてこっちなのか、それとも向こうなのか。
「ところでさあ。クローゼットの奥にあった、もう一つのスケートボードは何なの? あの羽根が生えてるやつ」
 俺はわりと真面目なことを考えているのに、エミーはそ知らぬ顔でこんなことを言う。しかもあまり触れて欲しくない話題だ。まあ、片づけをしている時からしきりと不思議がっていたから、そのうち言われるだろうとは思っていたけど。
「何って、ただのスケートボードじゃねえか。俺、他に趣味なんてねえんだから別にボードが二本あっても不思議じゃないだろ?」
「それはそうだけど、あの羽根の意味は? なんだか飛行機みたいな形してたけど」
 飛行機という表現はまさに正しい。それをイメージして作られた物だから。
 俺が持っているボードは二つ。今日のライディングに使ったボードはこの街のショップで買った物で、いろんなロゴやら何やらが入ったオーソドックスなやつだ。
 対して、エミーが「羽根の生えてるやつ」と言ったほうはデッキ――いわば板にあたる部分は真っ黒。ステッカーも貼っていないので表側は黒一色だ。こっちは仕事用だから見栄えとかはあまり気にしていない。
「あの羽根はただの飾りっつーか、ああしたほうが高く飛べそうかなってな。まあなんとなくつけてもらった」
「ふうん。正直ダサいけどね」
「……ほっとけ」
 本当にこいつは、いつもいつも一言余計なのだ。憎まれ口を叩かずにはおられないタチなのだろうか?
 エミーは何かすることがあるというので、今日は俺が先にシャワーを浴びた。手早く済ませてバスルームから出てきてみると、何やら部屋が様変わりしていてちょっと驚いた。部屋の真ん中あたりの天井から大きな白いカーテンが垂れ下がっていて、ベッドのある側を覆い隠している。
「こっちが私のスペースってことで。こうしたほうがアンタもやりやすいでしょ? 今朝みたいなことがそう何度もあったら困っちゃうし」
 カーテンの隅っこから顔を出して、エミーはそんなことを言う。ベッドの占有権については議論の場を設けるつもりすらないらしい。ま、もういいけどね。
「クローゼットにある服とかは今のうちに出しておいて。予備のコートハンガーくらいあるんでしょ? 『クローゼットに用がある』とか言ってこっちに侵入してきたりしないでね」
 もはや反論する気力すら起きない。この部屋を占領する気満々の彼女に言われるがまま、俺はクローゼットから必要なものだけを出してきて、そのままソファーへ横になった。
 今日はなんだか疲れた。いろいろと歩き回ったりライディングしたりしたのもあるだろうけど、体力の大半はエミーの相手をするのにもっていかれた気がする。
「ワガママなお嬢様の相手をするのも大変だ」
 まるでどこかの執事か何かのような呟きとともに、あくびを一つ。何かあったらすぐ目を覚ませるようにしておかないと――とか考えている意識もすぐに薄れていってしまう。
 職務怠慢なボディーガード。ま、バックアップもちゃんと居るって話しだから、別にいいよね。





 次の日の朝は、不快な携帯電話の着信音で目を覚ました。どうやら鳴っているのは仕事用のほうらしい。
 壁の時計を見てみると、まだ午前八時にもなっていない。なにもこんな時間にかけてこなくてもいいのに。
「……ふぁい」
 通話ボタンを押して、あくび混じりに応答する。
『仕事だ』
 今日は「いけるか?」はないらしい。いつも通りに淡々と詳細が述べられていく。ああ、こんな寝ぼけた頭でちゃんと覚えられるかなあ。あとでメモでもとっておかないと。
『以上だ。何か質問は?』
「上」の人間が詳細を説明し終わるころになって、ようやく俺の脳細胞が活動を開始。あやうく大事なことを聞き忘れるところだったことに気がついて、慌てて口を動かす。
「ちょっと待ってくれ。その仕事の間、護衛の方はどうしたらいいんだ? 誰か代理でも来るのか?」
『……護衛? 何の話だ』
「は? いやいや、あんたも寝ぼけてるのか? あ、それとも管轄が違ったりして知らないのかな。こないだの電話はなんかいつもと違う人っぽかったし」
 どっちにしても、ちゃんとやってほしいものだ。「上」がこんなことではこっちも困ってしまう。
 仕方ないのでかいつまんで事情をしてやると、「追って連絡する」とか言い残して「上」の人間は電話を切った。何か慌てているふうだったのは気のせいだろうか。まあたぶん俺には関係のないことだけど。
「おい、エミー。起きてるか?」
 目覚ましついでに、カーテンの向こう側へ呼びかけてみる。少し待ってみるが返事はない。まだ寝ているのだろうか。
 ソファーから降りて、大きく伸びを一つ。うん、今日も身体は快調。エミーのことがあるからライディングには行けないけど。残念。
 起きてみてまず目に付くのは、部屋のおおよそ半分をエミーに占領されてしまったことを示す大きなカーテン。窓から差し込む朝日を反射して、まぶしいほどに白く光っている。
 汚れ無き白。
 ――どくん。
 唐突に「化け物」が目を覚ます。ああもう、節操なしめ。綺麗なものだったらなんでもいいのか。
 相手がカーテンだから、抑制する気力も今回はあまりない。まあいいや。久しぶりだし、ちょっとだけでもやらせてやればこいつも満足するはずだ。
 俺の右手が、俺の支配から離れて勝手に動き始める。ゆっくりと、まるで鎌首をもたげる蛇のように持ち上がっていく右手。一瞬だけ静止したかと思うと、いきなり勢いよく振り下ろされる。
 音もなく、カーテンが切り裂かれる。切れ味のいいカッターナイフで切ったみたいに真っ直ぐな切り口。
作品名:「ナイフ」 作家名:terry26