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灰かぶり王子~男女逆転シンデレラブストーリー~

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『捨てられたのか?可哀想に。ついてこいよ。ミルクでもやる』
 そう言ってアールイは黒猫を抱き上げて撫でた。アールイは黒猫にクリスティーヌと名付けた。愛称はクリス。屋敷に帰ってきたアールイはクリスにミルクをやった。
 最初は怖がっていたクリスも、半年経った今では見事アールイになついている。
「クリス、」
 名を呼んで撫でてやれば、クリスは返事をするように「みぃー?」と鳴き、アールイの手に頭を擦り付ける。
「なあクリス、俺の味方はお前だけだよ」
 五年前、アールイは大切なものをたくさん失った。家であった城を失い、居場所であった「王子」という立場を失い、大好きだった母を失い、そして。
「リズは今頃…何してんだか」
 言って、自嘲気味に笑った。
 リズとは、アールイの許嫁であった少女の名前だ。少女というより王女といった方が語弊がないだろう。いずこの国の王女かも知れない。幾つもあったミッディール王国の同盟国のいずれかの国の王女だろうということしか分からない。当時アールイは政には一切関わっていなかったから、父が家にいない今となっては分かる術はない。
 リズと最後に会ったのは9年前、アールイが9歳のときである。最初に会ったのは確か5歳のときだったとアールイは記憶している。最後に会ったのも最初に会ったのも、ミッディール城であった。
『アル?あなたの可愛い許嫁さんに「はじめまして」は?』
 アールイはリズに初めて会ったとき、同じくらいの年の子供――しかも女の子に会うのは初めてだったから、何だか気恥ずかしくて母の背中に隠れた。
『……は…はじめまして』
 顔を真っ赤にして、恥ずかしさで泣きそうになりながら、小さな声で漸く挨拶が言えた。
『はじめまして、アールイ王子』
 子供ながらもさすが王家の女と言うべきか、ドレスを持ち上げ、優雅にお辞儀をする少女の姿にアールイは壁のようなものを感じた。
『私はお父様のところに行くわね』
 アールイはそう言って立ち去る母のドレスを一瞬だけ掴んで、優雅な足取りで歩いていく母の後ろ姿を見つめていた。
 はぁ、という安堵の溜め息が聞こえてきて、アールイは許嫁に向き直った。
『大人がいるとつかれるわ。それもたこくの王家となるとすんごくつかれる』
 それが母の悪口に聞こえ、アールイは何か言いたげな顔をするが、それを全く気にする様子のないリズが言った。
『ねぇ、私あなたのことアル、って呼んでもいい?』
 ニパッ、と、太陽のように笑った少女に、アールイは今度こそ本当に泣きそうになりながらも、コクンとうなずいた。
『私のことはリズって呼んでね、アル』
 5年間の人生の中で、母にしか呼ばれたことのない愛称で女の子に呼ばれ、アールイは恥ずかしさで涙目になった。
「リズ…」