夢の館
「この仮面のことなのですが、なぜ皮膚に密着して外せないのですか?」沸き起こる感情を抑え、冷静に淡々と尋ねた。
マダム・ヴィーの口元が笑みを湛えた。
「外す必用などないわ」
「必用があるないではなくて、僕が聞いているのは、僕に断りもなく顔に仮面を貼り付けるなんて、酷いとは思わないのですか?」
「ご自分の立場を理解していて? 貴方は客人、この屋敷の主はこのわたくし。郷にいれば郷に従うのが礼儀でしょう。ご安心なさい、この屋敷から立ち去るときに外して差し上げるわ」
立ち去るとき……それはいつになるのか。このまま立ち去ってよいものだろうか。
Gは死に、Aの記憶も戻らない。果たしてAの取るべき行動とは?
「失礼しました。目が覚めたら突然この屋敷にいて、戸惑いや不安も多く、仮面が外れないことに驚いてしまい、このまま一生外せないのではないかと考えたら頭が混乱してしまって。そうです、友人の突然の死も心身ともに堪えているのでしょう。この屋敷の主であるマダム・ヴィーに物言いを付けるような真似をして、大変申し訳なのことをしてしまいました」
そして、Aはマダム・ヴィーの足下に跪き、深く頭を下げた。
今はこれでいいのだ。穏便に済ませて機会を狙う。何かを探るにしても、機嫌を損ねた相手の口は固く閉ざされてしまう。だから今は、そう、これでいいのだ。
マダム・ヴィーの口元は嘲笑を浮かべているようだった。
「そこまでなさらなくても宜しくてよ。この屋敷の主が誰であるか、それをご理解いただければ」そう言って車椅子を反転させ、「それではわたくしは失礼するわ。日差しの下は苦手なもので」
召使いに車椅子を押され、マダム・ヴィーは屋敷の中へと帰っていく。
すでに召使いたちが血痕に水をまいてブラシで削り取るように擦り取っている。玄関ということも考えれば、早急な処理が必用なのはわかるが、Aにしてみれば証拠までも消えていくような気がした。
Aとマダム・ヴィーのやり取りの一部始終を見ていたJは、「この屋敷に自らの意思で来る者たちは、マダムに対してキミのような口の利き方はしないだろうね、怖い怖い」
「逆らうとなにかありますか?」
その問いには答えず、JはGの屍体があった場所に顔を向け、すぐに再びAに顔を向けると、にやりと口角を上げた。
なにが言いたいのかは明らかだ。
しかし、それを示唆すると言うことは、JもGの死について……。
「ゆっくりと二人で話しませんか、Jさん?」
「キミから誘ってくれるなんて嬉しいね。しかし、残念だなぁ、急ぎの用があるんだ」
「急ぎの用?」
「いやいや、たいしたことはないさ。それでは失礼するよ」
ステッキを手にしたJは優雅な足取りでこの場を去っていった。
急ぎの用とはいったい何か?
シルクハットを被り、ステッキを持つ姿は、出掛ける装いだったからだろう。自然な流れを想像するならば、出掛ける身支度を済ませて屋敷を出たところで、Gの屍体を発見したと考えるのが筋の通る考えだ。急ぎの用と言えど、屍体を発見してしまっては足止めをされたのだろう。
しかし、この考えは?急用の理由?に繋がるものではない。
理由には繋がらないが、この考えが重要であるとAは考えていた。なぜならばAはしかと、その眼で見たのだ――Jが屋敷の中に入って行ったのを。
酔って転落をしたのならば、その前提すらも偽りである可能性もあるが、もしも酔いも覚めぬ夜に転落したとするならば、玄関を?出る?ときにしか通常では屍体を発見することはないのだ。つまりそれが意味することは、Jが屋敷の中に入っていったのは、やはり不自然とであるということだ。
たしかにJは出掛けようとしてたのだろう。だが、それは急用ではないかもしれない。中に入っていった行為、それが急用なのだ。その仮定を建てるならば、出掛ける予定が妨げられた点から急用だと言い出すまでの点の間、そこで?急用?が生まれたことになる。
直感的にAは?急用?とはGの死に関係することだ感じた。
すべては仮定の話である。
証言ではなく物証を見つけ出さなくては真実は見えてこない。
AはJを探そうと屋敷の中へ戻った。
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)