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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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第五節 探索


 すぐに追いかけたつもりであったが、Jの姿は煙のように消えてしまっていた。屋敷は広い、無闇に探して時間を費やすだけだ。その時間はどのくらい残されているのだろうか。
 記憶を取り戻すまでの時間、屋敷を後にするまでの時間、果たして制限時間は存在しているのだろうか。
 目下の目的は記憶を取り戻すこと。それに必要な疑問や疑惑を紐解く行為。近くまで伸びている紐は、Gという男だろう。
 Gから伸びた答えまでの紐は途中で切断された――死という行為によって。
 しかし、伸びていた紐は一本ではあるまい。
 AはすぐにGの部屋に向かうことにした。
 昨日は鍵の掛かっていたGの部屋だが、今は開いている。Aは静かに部屋の中へ忍び込んだ。
 部屋の中はAの部屋とほぼ同じ、備え付けの家具が置かれている。変わったところ、もしくはGの所有物を探すべきだろう。
 すぐに不審な物が見つかった。無造作に置かれた麻袋。中を調べようとした時、Aの背後から女の声がした。
「ここで何をしていらっしゃるのですか?」
 Aは背筋に冷たいものを感じながらもそれを隠して、落ち着き払いながら振り返った。
「友人の形見の品を探そうと思って」
 すんなりと自然な言い分が口から出た。それで相手が納得したかは別だが。そこに立っていたのは二号だった。
「ですが勝手に触られては困ります」
「なぜ?」
 困る理由がどこにある?
 もうすでにGは死んでいる。それがただの死であるならば、困る理由などどこにもない。
「お館様に部屋の片付けをするように仰せつかっております」
 二号の立場からすれば、マダム・ヴィーに背くこと自体が困る理由になり得るだろう。では別の者に困る理由があるとすれば、それを探る為の言葉、さらにこの場から人払いをする言葉をAは探した。
「マダムにお伺いして来てくれないか、私には友人であるGの所有物を譲り受ける権利がある。彼の残した品々をその友人や家族に渡す義務もあるだろう。Gの形見を今ここで確認したいのだがどうだろうか?」
 おそらく二号は何事も決める権利を有してはおらず、自分よりも立場が上――マダム・ヴィーの言いつけに忠実に行動する筈。これまでの事を見ていればわかる。
「わかりました、しばらくお待ちください。ただし、この部屋にある何一つとて触らぬようお願いいたします」
 二号はそのまま部屋を出て行こうとしたが、途中で振り返り、そして再び背を向けて部屋を出て行った。
 これでもしもマダム・ヴィーがGの遺品に手出しをしないように言ってきたら、それは疑惑の色を濃くすることになる。
 少し間を置いて、二号が帰ってこないことを見計らって、Aは先ほどの麻袋の中身を確認した。
 中には見覚えのある中折れ帽子が入っていた。明らかにGが被っていた物だ。
 この帽子はどこにあった物だろうか?
 そう言えばGの屍体の近くにはなかった。
 ならば転落した際に取れたとしても、騒ぎを聞いてAがまず向かったのは、その現場であると思われるテラスだ。そこにも帽子はなかった。
 ごく自然に考えるならば、二号はこの場所の片付けをしていたわけだから、この部屋にあったと考えるのが打倒だろう。
 しかし、そう考えると新たな疑問が浮かぶ。
 部屋の扉が開く音がした。
 Aは慌てた。こんなにも早く二号が帰って来るとは思っていなかった。
「おや、こそこそと泥棒の真似事かい?」
 そこに立っていたのはJであった。
 Aは麻袋を投げ捨てて、落ち着き払うことに勤めた。
「私は友人の形見を整理していたんだ。赤の他人の持ち物を漁っているわけではありません。泥棒などと言われるのは心外です」
「ならばもっと堂々としていればいい。目が動揺しているよ」
「誰かが部屋に突然入ってくれば驚くのは当前でしょう。あなたこそなぜこんな場所に?」
 Jがこの場所に現れた理由がもっとも不透明だ。
「ボクは散歩の最中さ。そしたらこの誰もいないはずの部屋から音が聞こえてね。不自然に思い入って来たわけだよ」
 物音などした筈がない。Aの行動は慎重であったし、麻袋から帽子を取り出しただけだ。
 AはJを追求しようとも考えたが、相手を突くことは自分も突かれることになりかねない。
「ではあなたの疑問は解決されたわけですね」
「この部屋に入ったら、キミがGの遺品を整理していた。それが答えだろうね」
「私はこのまま友人の形見を整理しますので」
 用事が済んだのならば、部屋を出て行って欲しいと暗示したつもりであったが、Jは出て行く気配を見せることなく、あろうことか部屋の中を物色しはじめた。
 やはりJの目にもついたのは麻袋のようだ。
「これはGの帽子だね。事故現場にはないから不思議に思ってたんだ」
「なぜです?」
「彼は痛ましい怪我を隠すために室内でも被っていたんだよ。事故の時も当然被っていただろうね。部屋の外で事故に遭ったわけだから」
「酔っていて忘れたのでは?」
「酔っていたということを考慮に入れたら、どんな不可思議なことも不可思議でなくなってしまうね」
 可能性は答えではない。
 そこへ二号が帰って来た。少し早いような気もする。
「手を触れないようにとお願いした筈ですが?」
 苛立ちというよりも、何らかの畏怖がその声音から感じられた。
 Aが言い訳を考えるよりも早く、Jが口を開く。
「ボクはお願いされてないけど?」
 今現在、Aは何にも触れておらず、部屋を物色しているそぶりを見せているのはJだ。
 そのことに気づき、二号には反論の余地はなかったが、「ではJ様にもお願いいたします。この部屋の物には触れないでください」
 改めて触れるなという文言を付け加えると言うことは、マダム・ヴィーの許しがもらえなかったとと理解するべきか。
 確認のためにAが尋ねる。
「Gの形見を確認したいという私の申し出はどうなった?」
「お館様がいらっしゃらなかったので尋ねることはできませんでした」
「ならば改めて確認を取るまで、部屋の片付けを後にしてもらいたいのだが?」
「わたくしはお館様の言いつけを守るのみでざいます。新たな言いつけがない限り部屋の片付けをやめることができません。お二人とも早々に部屋を出て行ってください」
 Jが麻袋を漁っている姿を見られたのが決定的に不味かったのだろう。AとJは無理矢理、二号に背中を押されて部屋の外に押し出されてしまった。
 少し不満そうな眼でAはJを軽く睨んだ。
 その視線に気づいたJは「ボクが何かしたかい?」と白々しい態度だった。
「あなたのせいで私まで部屋を追い出されてしまった」
「それは違うね。あの奴隷の機嫌を損ねたのはボクに責任があるかもしれないが、どちらにせよあの部屋を追い出されていたのは間違いない。奴隷は主人の命令に忠実でなければならないから、部屋の片付けに邪魔なボクら二人を追い出すのは当然だろう」
 言い分は正しい。新たにマダム・ヴィーから言いつけがない限り、あの場にAは不要の存在である。
 Jは「そう言えば形見がどうとか言っていたね」と言いながら、おもむろに懐から腕時計を取り出した。「Gの時計だ、キミが持っているといい」
 驚きを隠せないA。
「なぜあなたがGの時計を?」
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)